religionsloveの日記

室町物語です。

嵯峨物語⑫ーリリジョンズラブ5ー

本文 その10 一方、一条郎は松寿君都へ戻って中将となってからは、文を伝える術もなく、かといって思いを断ち切ることもできないでいました。鬱々たる思いで、京師にさまよい出でてゆかりある古御所を訪ねて、様々なことを語り合って、鬱屈した心を晴らそ…

嵯峨物語⑪ーリリジョンズラブ5ー

本文 その9 やがて死後の弔いも済ませて、松寿君は父の遺言通り、内裏へ出仕することとなりました。帝も故中納言殿の生前の功労の偉大さを思い出しなさって、出仕したその日にも松寿を元服させ、中将に任じました。 これよりは、紀中将康則と名のりなさいま…

嵯峨物語⑩ーリリジョンズラブ5ー

本文 その8 松寿君が都へ帰りなさると、母君は待ち受けなさっていて、 「それにしても長いこと会っていなかったので、どのようになっているのかと思いも募っていましたが、こんなにもすばらしく成長しなさって。自ら志した学問の道なので場所は選ばないとは…

嵯峨物語⑨ーリリジョンズラブ5ー

本文 その7 「父中納言殿は御具合がよくなく、患っていましたが、ただの風邪だろうかと気にも留めずに過ごしていましたが、急に病状が悪化したようでございます。御使いではなく、あなたご自身が急いで都へおいでなさい。その際には僧都もお誘いなさい。御…

嵯峨物語⑧ーリリジョンズラブ5ー

本文 その6 夜が明けて、せめて遠目にだけでもと、一条郎は松寿君のいる院に行って物陰から窺いますと、折悪しく不在のようだったので、立て切ってあった障子の端の方に詩歌を書き付けました。 標格清新早玉成(標格清新早く玉成す) 問斯風雨豈無情(問ふ…

嵯峨物語⑦ーリリジョンズラブ5ー

本文 その5 過日の詩席は思い出しても、この上なく心慰められることではありましたが、今は松寿君の事ばかりが心にかかって他には何も考えられません。「自分らしくもない。世を捨てて、世にも捨てられた自分がこのように悶々としていいはずがない。」と悩…

嵯峨物語⑥ーリリジョンズラブ5ー

本文 その4 一条殿は夜が明けたので、下法師の案内で寺々を 見歩いていると、僧都殿が現れて、昨日来のことを法師から聞いて挨拶をします。 「ありがたいことです。よくお訪ねくださいました。わざわざ春に家を出なくても、月の夜には閨の中にいながらでも…

嵯峨物語⑤ーリリジョンズラブ5ー

本文 その3 あまたこの僧房を訪れた人々の中でも殊に風雅を覚えたのは、 一条郎と申す方でしょう。 一条郎殿は、志深く高潔な方で、今の世は人が人としての信義節操を果たさず、放恣に流れているのを嘆き、 「世の人は賢げな物言いばかりするが、心のこもら…

嵯峨物語④ーリリジョンズラブ5ー

本文 その2 松寿君が弥生三月に門を敲いた庵のある山里は、都からはさして遠いところではなかったのですが、世間からは隔絶した住みぶりで、行き交う人も稀でした。峰々に繁っている松の木の下陰で柴木を取りに来た山賤(やまがつ)が斧を振るう音がコーン…

嵯峨物語③ーリリジョンズラブ5ー

本文 その1 近来の人の書きなさった文章を見ると、 男色があることは、西域・中華・本朝どの人々も漏れなくいっています。その文章にあるように、この道はこの道は世々を経て絶えることはないので、人が知らない思い草のような思いの種も、葉の末に結ぶ露の…

嵯峨物語②ーリリジョンズラブ5ー

序文 その2 西域・中華でこの道を尊び敬うことは以上の通りだが、本朝でも昔から伝わる中で、特に嵯峨天皇の御時には盛んであったという。 その御宇にはこの道の師である弘法大師空海がを中華より伝え、その法を承けた弟子の 真雅阿闍梨が「思ひ出づるとき…

嵯峨物語①ーリリジョンズラブ5ー

序文 その1 およそ男色の道の長い歴史を繙くと、西域(天竺)・中華・本朝に至るまで盛んに行われていたいたようである。 仏陀の説くところでは、糞門を犯し、口門を犯すことは邪な行為として、男色を非道と名付け、功徳円満経には末世の比丘は小児を愛する…

上野君消息(全編)ーリリジョンズラブ4ー

序 比叡山の横川谷、首楞厳院(しゅりょうごんいん)に、大輔の阿闍梨という方がいた。 治承四年の夏であったか、一人の少年が同宿となった。三井寺より難を逃れてきたという。少年は自分のことを多くは語らなかったが、父君が上野の国にゆかりがあるという…

上野君消息⑫ーリリジョンズラブ4ー

消息 その7 和泉式部の歌では、『このような理に気づかないで衆生は日々を明かし暮らしているので、今生の悪業によってさらに悪道に堕ちてしまうのだ。』これを、『暗きより暗き道にぞ入りにけり』と詠んだのです。 次の七七は御房が仰ったとおりでしょう。…

上野君消息⑪ーリリジョンズラブ4ー

消息 その6 ですから、『華厳経』では、『三界唯一心 心外無別法 心仏及衆生 是三無差別』と説き、天台宗では『煩悩すなわち菩提なれば集として断ずべきもなく、生死やがて涅槃なれば苦として尽くるべきもなし。』と解釈しなさるのです。 このようなわけで…

上野君消息⑩ーリリジョンズラブ4ー

消息 その5 諸仏の説教は浅いところから始まり、深いところに至ります。まずは俗世間の事を例にとり、出世間の法を教えるのです。 私が申し上げる万事は無益な下らないことに似ているようですが、五教の初め、小乗教では空観の心に当たるものです。もう少し…

上野君消息⑨ーリリジョンズラブ4ー

消息 その4 ですから、命の長い人だといって、それが素晴らしいわけではないのです。 特に、哀れに無常であるのは男女の仲です。思慕し合う者同士は、一夜でも離れると、知らない間に枕に塵が積もってしまったと恨み言を言い、しばらくの間添い寝ができない…

上野君消息⑧ーリリジョンズラブ4ー

消息 その3 この稚児が得心げに言った。 「やっぱり、どこかしら天台宗にお馴染みのある方だと思っていました。それにしてもあなたが仰った歌の心は、素晴らしいとは思いますが、人にだけ言わせて、自分の方が言わないのも畏れ多いことです。私も見聞きし、…

上野君消息⑦ーリリジョンズラブ4ー

消息 その2 私は、これは実にうれしいことだと思って、 「どんなお尋ねでも結構ですよ。私にお任せください。」 と言うと、それでこそ情けの人よと稚児は徐に尋ねた。 「和泉式部が詠んだという歌があります。 暗きより暗き道にぞ入りぬべき遥かに照らせ山…

上野君消息⑥ーリリジョンズラブ4ー

消息 その1 去年の晩夏、月の明るい夜に、法輪寺をを参詣しようと思って、大堰川のほとりにと行った。川辺のさざ波は静かで、のどかな月の光は一点の曇りもない夜半である。ここは難波津ではないが、それに劣らぬほどの明るさよ、と誰かに告げて、情けを解…

上野君消息⑤ーリリジョンズラブ4ー

序 その5 どれほどの年月が経ったであろうか、ある冬の日、一人の僧が般若谷を訪ねてきた。聞くと、美濃の国の祐向山(ゆうこやま、または、いこやま)にあるという山寺から円頓授戒に来た戒者という。一人の若僧がここ数月投宿して修行に打ち込んでいる。…

上野君消息④ーリリジョンズラブ4ー

序 その4 かねてから山を下りようと決めていた上野君は、旅支度も秘かに整えていた。 翌朝には、墨染の衣に袈裟を着て、経袋や檜笠を首に懸け、草履に緒を締めて庭に立った。朝の冷気が心地よく般若谷に漂う。住み慣れた僧房を見やると、師匠や同宿が門に立…

上野君消息③ーリリジョンズラブ4ー

序 その3 翌日の夜、上野君は大輔の阿闍梨を尋ねた。阿闍梨は脇息に体をもたせてくつろいだ様子で上野君を迎えた。いささか般若湯が入っているらしい。上野君は感情を抑えた穏やかな口調で口を開いた。講説の時の誰をも調伏しないではおかない峻烈な口ぶり…

上野君消息②ーリリジョンズラブ4ー

序 その2 上野君円厳が二十一歳の時の四月八日であったと覚えている。半輪の月が西に傾き皆も寝静まったころである。短檠(たんけい)に灯をともして看経(かんきん)していると仄明るい灯火の向こうにゆらりと人影が現れた。 「どうした上野。」 そこには…

上野君消息(こうづけのきみしょうそく)①ーリリジョンズラブ4ー

序 その1 比叡山の横川谷、首楞厳院(しゅりょうごんいん)に、大輔の阿闍梨という方がいた。 治承四年の夏であったか、一人の少年が同宿となった。三井寺より難を逃れてきたという。少年は自分のことを多くは語らなかったが、父君が上野の国にゆかりがある…

幻夢物語(全編)-リリジョンズラブ3-

上 そもそも、世尊の四八相のように美しい月の容貌は、十五夜の雲に隠れ、釈王の十善のように素晴らしい花の姿は、都の内の嵐に散ります。命あるものは必ず滅び、盛りあるものは必ず衰えるのが定めです。 しかし往々にして、花鳥を賞玩して、無為に春夏を送…

幻夢物語⑨-リリジョンズラブ3-

下 その3 仏の方便や神明の利生は今に始まったことではありません。 しかし、幻夢がひたすら日吉山王根本中堂の薬師如来に仏道の悟りを祈ったことによって、二人が菩提心を起こしたことは、実にすばらしいことです。 あの花松殿は、文殊菩薩の生まれ変わり…

幻夢物語⑧-リリジョンズラブ3-

下 その2 次の年の三月十日、その日は花松殿が亡くなった日なので、幻夢は奥の院に参詣して、御影堂の前で一心に念仏し、「花岳聖霊ないし自他法界 平等利生(花覚の霊位及び法界すべての衆生を等しく利益し給え)」と供養していますと、粗末な身なりの二十…

幻夢物語⑦-リリジョンズラブ3-

下 その1 幻夢は思いました。 「きっと愛着恋慕の思いによって、死んだ人に会って夢うつつともわからない物語をしたのだ。なんとはかないことよ。 考えてみれば、人が死ぬのは必定のこと。だから、折に触れて比叡山王根本中堂の薬師如来に後世の一大事をお…

幻夢物語⑥-リリジョンズラブ3-

中 その3 幻夢は夢ともうつつともわかりかね、 「もしかしたら天魔などが、私を悩まそうとしているのであろうか。それにこのまま房の中にいて、誰かに見られたらどんな目にあうだろう。急いでどこかへ逃げよう。」 と思案して、間もなく夜が明けるのでそれ…