religionsloveの日記

室町物語です。

2020-01-01から1年間の記事一覧

上野君消息(全編)ーリリジョンズラブ4ー

序 比叡山の横川谷、首楞厳院(しゅりょうごんいん)に、大輔の阿闍梨という方がいた。 治承四年の夏であったか、一人の少年が同宿となった。三井寺より難を逃れてきたという。少年は自分のことを多くは語らなかったが、父君が上野の国にゆかりがあるという…

上野君消息⑫ーリリジョンズラブ4ー

消息 その7 和泉式部の歌では、『このような理に気づかないで衆生は日々を明かし暮らしているので、今生の悪業によってさらに悪道に堕ちてしまうのだ。』これを、『暗きより暗き道にぞ入りにけり』と詠んだのです。 次の七七は御房が仰ったとおりでしょう。…

上野君消息⑪ーリリジョンズラブ4ー

消息 その6 ですから、『華厳経』では、『三界唯一心 心外無別法 心仏及衆生 是三無差別』と説き、天台宗では『煩悩すなわち菩提なれば集として断ずべきもなく、生死やがて涅槃なれば苦として尽くるべきもなし。』と解釈しなさるのです。 このようなわけで…

上野君消息⑩ーリリジョンズラブ4ー

消息 その5 諸仏の説教は浅いところから始まり、深いところに至ります。まずは俗世間の事を例にとり、出世間の法を教えるのです。 私が申し上げる万事は無益な下らないことに似ているようですが、五教の初め、小乗教では空観の心に当たるものです。もう少し…

上野君消息⑨ーリリジョンズラブ4ー

消息 その4 ですから、命の長い人だといって、それが素晴らしいわけではないのです。 特に、哀れに無常であるのは男女の仲です。思慕し合う者同士は、一夜でも離れると、知らない間に枕に塵が積もってしまったと恨み言を言い、しばらくの間添い寝ができない…

上野君消息⑧ーリリジョンズラブ4ー

消息 その3 この稚児が得心げに言った。 「やっぱり、どこかしら天台宗にお馴染みのある方だと思っていました。それにしてもあなたが仰った歌の心は、素晴らしいとは思いますが、人にだけ言わせて、自分の方が言わないのも畏れ多いことです。私も見聞きし、…

上野君消息⑦ーリリジョンズラブ4ー

消息 その2 私は、これは実にうれしいことだと思って、 「どんなお尋ねでも結構ですよ。私にお任せください。」 と言うと、それでこそ情けの人よと稚児は徐に尋ねた。 「和泉式部が詠んだという歌があります。 暗きより暗き道にぞ入りぬべき遥かに照らせ山…

上野君消息⑥ーリリジョンズラブ4ー

消息 その1 去年の晩夏、月の明るい夜に、法輪寺をを参詣しようと思って、大堰川のほとりにと行った。川辺のさざ波は静かで、のどかな月の光は一点の曇りもない夜半である。ここは難波津ではないが、それに劣らぬほどの明るさよ、と誰かに告げて、情けを解…

上野君消息⑤ーリリジョンズラブ4ー

序 その5 どれほどの年月が経ったであろうか、ある冬の日、一人の僧が般若谷を訪ねてきた。聞くと、美濃の国の祐向山(ゆうこやま、または、いこやま)にあるという山寺から円頓授戒に来た戒者という。一人の若僧がここ数月投宿して修行に打ち込んでいる。…

上野君消息④ーリリジョンズラブ4ー

序 その4 かねてから山を下りようと決めていた上野君は、旅支度も秘かに整えていた。 翌朝には、墨染の衣に袈裟を着て、経袋や檜笠を首に懸け、草履に緒を締めて庭に立った。朝の冷気が心地よく般若谷に漂う。住み慣れた僧房を見やると、師匠や同宿が門に立…

上野君消息③ーリリジョンズラブ4ー

序 その3 翌日の夜、上野君は大輔の阿闍梨を尋ねた。阿闍梨は脇息に体をもたせてくつろいだ様子で上野君を迎えた。いささか般若湯が入っているらしい。上野君は感情を抑えた穏やかな口調で口を開いた。講説の時の誰をも調伏しないではおかない峻烈な口ぶり…

上野君消息②ーリリジョンズラブ4ー

序 その2 上野君円厳が二十一歳の時の四月八日であったと覚えている。半輪の月が西に傾き皆も寝静まったころである。短檠(たんけい)に灯をともして看経(かんきん)していると仄明るい灯火の向こうにゆらりと人影が現れた。 「どうした上野。」 そこには…

上野君消息(こうづけのきみしょうそく)①ーリリジョンズラブ4ー

序 その1 比叡山の横川谷、首楞厳院(しゅりょうごんいん)に、大輔の阿闍梨という方がいた。 治承四年の夏であったか、一人の少年が同宿となった。三井寺より難を逃れてきたという。少年は自分のことを多くは語らなかったが、父君が上野の国にゆかりがある…

幻夢物語(全編)-リリジョンズラブ3-

上 そもそも、世尊の四八相のように美しい月の容貌は、十五夜の雲に隠れ、釈王の十善のように素晴らしい花の姿は、都の内の嵐に散ります。命あるものは必ず滅び、盛りあるものは必ず衰えるのが定めです。 しかし往々にして、花鳥を賞玩して、無為に春夏を送…

幻夢物語⑨-リリジョンズラブ3-

下 その3 仏の方便や神明の利生は今に始まったことではありません。 しかし、幻夢がひたすら日吉山王根本中堂の薬師如来に仏道の悟りを祈ったことによって、二人が菩提心を起こしたことは、実にすばらしいことです。 あの花松殿は、文殊菩薩の生まれ変わり…

幻夢物語⑧-リリジョンズラブ3-

下 その2 次の年の三月十日、その日は花松殿が亡くなった日なので、幻夢は奥の院に参詣して、御影堂の前で一心に念仏し、「花岳聖霊ないし自他法界 平等利生(花覚の霊位及び法界すべての衆生を等しく利益し給え)」と供養していますと、粗末な身なりの二十…

幻夢物語⑦-リリジョンズラブ3-

下 その1 幻夢は思いました。 「きっと愛着恋慕の思いによって、死んだ人に会って夢うつつともわからない物語をしたのだ。なんとはかないことよ。 考えてみれば、人が死ぬのは必定のこと。だから、折に触れて比叡山王根本中堂の薬師如来に後世の一大事をお…

幻夢物語⑥-リリジョンズラブ3-

中 その3 幻夢は夢ともうつつともわかりかね、 「もしかしたら天魔などが、私を悩まそうとしているのであろうか。それにこのまま房の中にいて、誰かに見られたらどんな目にあうだろう。急いでどこかへ逃げよう。」 と思案して、間もなく夜が明けるのでそれ…

幻夢物語⑤-リリジョンズラブ3-

中 その2 意外なことに茫然としていますとこの稚児は、 「旅の御僧、なんとなく会った気がしますが、はっきり見たわけでもない春の夜の夢の浮橋のようで定かではありません。どちらの方が、このどこに何があるかわからない山に、呼子鳥はいましても、呼んで…

幻夢物語④-リリジョンズラブ3-

中 その1 幻夢としても空しく月日を送るにはせんないことで、「下野国とかに下って、どうにかして尋ねて、もう一度若君に会いたいものだ。」と思い立ちました。麻の衣に菅の笠という身なりで、憂き節の多い竹の杖をつき、尽きない思いを道しるべとして、遥…

幻夢物語③-リリジョンズラブ3-

上 その3 幻夢は知らず知らず心も浮かれ、足が地につかず、自分の房に帰って行きましたが、道すがら、「たとえ日々の勤めは欠くことになっても、あの方と連れ立って東坂本に下ればよかった。」と思います。そうはいっても引き返すことはできず、先刻の稚児…

幻夢物語②-リリジョンズラブ3-

上 その2 ある時、大宮権現の前で祈願して、 「実にこの神は、衆生を救おうと願い立って、釈迦如来がお姿を変えられた、他の神々とは違い、一段と優れた神様である。願わくは私、幻夢の志すところを円満に成就させてください。」 と願立てしましたところ、…

幻夢物語①ーリリジョンズラブ3ー

上 その1 そもそも、世尊の四八相のように美しい月の容貌は、十五夜の雲に隠れ、釈王の十善のように素晴らしい花の姿は、都の内の嵐に散ります。命あるものは必ず滅び、盛りあるものは必ず衰えるのが定めです。 しかし往々にして、花鳥を賞玩して、無為に春…

あしびき(全編)ーリリジョンズラブ2ー

巻一 第一章 さほど昔のことではなかったが、二代の帝に仕えた儒林の隠士がいた。 この隠士は菅原の家風を継承し、 一筋に祖霊天神の霊力を頼みとして、大学寮でも蛍雪の功を積み、刻苦研鑽したので、学才の名声は朋輩の中ではだれにも引けを取らないほどで…

あしびき㉛ーリリジョンズラブ2ー

巻五 第七章 今は奈良上人と呼ばれるようになった少将の君は、寂而上人の墓を離れることができず、依然としてたった一人高野の庵室にとどまって修行していたが、後々は霊験あるところどころを修行して歩き、やがて東山の麓の長楽寺の奥に庵を結んだ。済度衆…

あしびき㉚ーリリジョンズラブ2ー

巻五 第六章 寂而上人(侍従)の大原の庵は、比叡山からさほど遠くなく、顔見知りの同朋らが仏法の不審な点などをしきりに尋ねに来て、念仏にも支障をきたすほどであった。大原の住まいは愛着もあり、良忍上人ゆかりの来迎院を離れるのには未練もあったが、…

あしびき㉙ーリリジョンズラブ2ー

巻五 第五章 一方、少将律師は公の法会を何度も務めて、少僧都の地位を望んだが、下位の者に先を越され、学道に対しての意欲も衰え、隠遁したいとの気持ちが強まり、暇乞いをしようと春日大社を参拝した。 五重唯識を象徴する緑の簾には、二空真如の露が滴り…

あしびき㉘ーリリジョンズラブ2ー

巻五 第四章 侍従は中陰の法事などを終えて山に帰り上った。そして父の残した遺言をしみじみとかみしめた。すると、世間を出て仏門に入いったのに、なおもはかない栄華を求めているおのれの生涯がひどくつまらないものに思われてきた。「『人としてこの世に…

あしびき㉗ーリリジョンズラブ2ー

巻五 第三章 奈良にとどまった禅師は、東南院を訪ねた。僧都は年老いて病に沈んでいたが、跡目のことなどを遺言できる僧侶も俗人もいなかったが、「様々なところを巡り巡って戻っておいでになったか。返す返すもうれしいことよ。」と言って、準備して迎え入…

あしびき㉖ーリリジョンズラブ2ー

巻五 第二章 侍従は手負った者の傷を繕わせ、十四五日ほど奈良に逗留していたが、比叡山でも噂を聞き及んで、若僧・童子たちが数多く迎えに来たので、山へ帰らざるを得なくなった。 そこで、得業と二人きりで対面した。「長い間病に苦しんでおりまして、快癒…