religionsloveの日記

室町物語です。

幻夢物語⑦-リリジョンズラブ3-

 その1

 幻夢は思いました。

 「きっと愛着恋慕の思いによって、死んだ人に会って夢うつつともわからない物語をしたのだ。なんとはかないことよ。 

 考えてみれば、人が死ぬのは必定のこと。だから、折に触れて比叡山王根本中堂の薬師如来に後世の一大事をお祈り申し上げていたのに、花松殿を見染めて以来、愚かな自分に戻ってしまった。なんと残念なことか。

 それに稚児を愛することは、『法華経安楽行品第十四』にも近づけてはならないことと禁止され、恵心僧都の『往生要集』では、『正法念経』を引用して、衆合地獄に堕ちる行為だと書いてある。これこそ迷界を果てしなく廻り続ける生死流転の根元ではないか。

 しかし、このようなつらい目にあうのは、すべて明神仏陀の方便ではなかろうか。仏になるためのきっかけは所縁から起こるという。」

 と、一方では悦び、一方では悲しんだのですが、即座に決意して、大原の庵をたたみ、高野山へと上り、奥の院の傍らに隠棲しました。

 心静かに諸々の聖典を看経しますと、どれも阿弥陀仏を讃え、西方浄土を優れた地としています。すべての経論が説くところ、念仏を勧めているのです。

 「きっとこれは、法・報・応の三身も、空・仮・中の三諦も、阿弥陀の三尊に象徴されているのだ。だから、弥陀の名号、『南無阿弥陀仏』を敬い、九品浄土への往生を願おう。

 浄土三部経にもそのことは書かれている。この穢れた末世にふさわしい教えである。

 かつて法然上人は、称名念仏者となって、ひたすら西方浄土に向かって弥陀の本願を頼みとしたというではないか。」

 と思い、ひたすら念仏三昧に打ち込みました。

f:id:religionslove:20201007170853j:plain

原文

 幻夢思ひけるは、さたは愛着(あいじゃく)恋慕によりて、死にたる人に会ひ、*小蝶の夢の物語をしけるはかなさよ。

 つらつらこれを案ずるに、*この世の無常は眼前のことなり。*よりより日吉山王根本中堂の薬師如来に道心を祈り、後生一大事をこそ申し侍りしに、花松殿を見染しより、*愚癡(ぐち)にかへりしこそ口惜しけれ。

 その上、児を愛すること、『*法華経安楽行品』に不親近と嫌はれ、恵心の僧都は、『往生要集』に『*正法念経』を引き給ひ、*衆合の地獄のことはざと見えたり。あに*生死流転の根元にあらずや。

(注)小蝶の夢=胡蝶の夢。夢か現か定かでないことのたとえ。「荘子」による。

   この世の無常=(大)(史)「人間のすいろう(衰老?)」。

   よりより=時々。折々。

   愚癡=愚痴。愚かで者の道理がわからないこと。

   法華経安楽行品=法華経安楽行品第十四。文殊の質問に如来仏陀)が答える、

    という形で教えを説く。その不親近(近づけてはいけないこと)の一つに、

    「不楽畜年小弟子沙弥小児(楽《ねが》って年小の弟子、沙弥、小児を畜《た

    くわ》えされ)とある。美童を持つことを禁止しているのであるが、逆に法華

    経が成立した時のインドでも少年愛があったといえる。

   正法念経=(大)(史)「正法念殊経」。「正法念処経」。四五世紀ごろ成立の

    経典。地獄を説く。(web版浄土宗大辞典より)「往生要集」の衆合地獄の説

    明には、正法念経の略抄として「謂く、一処あり。悪見処と名づく。他の児子

    を取り、強ひて邪行を逼り、号び哭かしめたる者、ここに堕ちて苦を受く。」

    とある。

   衆合の地獄=八大地獄の第三。殺生・偸盗・邪淫を犯した者の落ちるところ。

 かかる憂き目に逢ふこと、これしかしながら明神・仏陀の*方便なり。仏種は縁より起こる。」

 と、かつは悦びかつは嘆き、即ち暇乞ひて、これよりすぐに高野山に上り、奥の院の傍らに住して、静かに諸の聖教をうかがひ見るに、弥陀を誉め、西方を優れたりとす。惣じて、諸経論の説、念仏を勧む。

 「これ、*法・報・応の三身も、*空・仮・中の三諦も、阿弥陀の三尊なり。かるが故に、仰ぐべきは*弥陀の名号、期すべきは*九品の往生なり。*浄土の三部経にもそれ旨明らかなり。末世の穢れに*相応せり。中頃、法然上人、称名念仏者となり給ひ、偏に西方を臨み、*弥陀の本願を仰ぎ給ひしぞかし。」

 と思ひ続け、偏に念仏して居たりける。

(注)方便=(大)(史)「御利生」。

   法・報・応の三身=仏身の三種。法身・報身・応身。

   空・仮・中の三諦=「あらゆるものは空である。」「あらゆるものは仮であ

    る。」「あらゆるものは有でも無でもない。」という、三つの真理。

   弥陀の名号=南無阿弥陀仏

   九品の往生=九品浄土に往生すること。往生の仕方は能力や性質によって九段階

    ある。

   浄土の三部経=浄土宗・浄土真宗などで尊重される三部の経典。「無量寿経

    「観無量寿経」「阿弥陀経」。九品往生は「観無量寿経」に詳しい。

   相応せり=ふさわしい。

   弥陀の本願を=阿弥陀仏を信じて、一遍でも念仏を唱える者はすべて浄土に迎え

    るという誓い。