religionsloveの日記

室町物語です。

2021-01-01から1年間の記事一覧

弁の草紙④ーリリジョンズラブ7ー

その4 山籠もりが長きにわたったので、昌長僧都は稚児・童子を東谷へ下らせた。おのれの厳しい修行にとことん付き合わせては気が詰まると考えたのである。解放された稚児たちは教城坊でのんびりと過ごしていた。弁公は山を下りても仏道への心の怠る事はなか…

弁の草紙③ーリリジョンズラブ7ー

その3 さて、東谷の昌道心の堅さからかねてから決意していた。日光には中禅寺という東谷よりもさらに山深い霊社があって、この奥殿のある山は、古くから黒髪山と呼ばれていた。 勝道上人がこの御山に立木の自然木に千手観音を彫り、御堂を弘法大師が建立し…

弁の草紙②ーリリジョンズラブ7ー

その2 千代若が七歳の時、まだ稚い年齢ではあったが、父正保の遺言であったので下野国日光山の座主の御坊に入門した。成長した後はどのような美丈夫になるだろうかと思われるようなかわいらしい容貌だったので、座主もなみなみならず愛おしみ、人も皆大切に…

弁の草紙①ーリリジョンズラブ7ー

その1 前仏釈尊がこの世を去って早や二千余年が過ぎた。その経典の巻巻は残ってはいるが、世は衰えてそれを学ぶ人は少ない。衆生を救うという後仏、弥勒菩薩はまだ世に現れず、種々の魔障がやって来て人々を悩ましている。この世とあの世の間にさまようよう…

鳥部山物語(全編)ーリリジョンズラブ6ー

その1 この世はなんと無常なものであろうか。 武蔵の国の片隅に、とある精舎があり、多くの学僧が仏道に励んでいた。その司である某の和尚と申す方の弟子に、民部卿という者がいた。この民部は容色は端正で、学道への志も深く、仏典だけではなく、史記など…

鳥部山物語⑦ーリリジョンズラブ6ー

その7 「ああどうしたことだ。」と胸騒ぎして、急いで開いて見ると、「病気の人は日に日に弱っていき、昨日の暮れ方のこれこれの時分に亡くなりました。」と書いてあるのを読んで、目がくらみ、心は乱れて、「これはどういうことだ。」と夢の中にいるような…

鳥部山物語⑥ーリリジョンズラブ6ー

その6 道行くと、富士に高嶺に降る雪も、積もる想いになぞらえられて、 消え難き富士の深雪にたぐへてもなほ長かれと思ふ命ぞ (なかなか消えない富士に積もる深雪に例えても、それよりさらに長くあれと思う あなたの命です。) などと胸から溢れ出でること…

鳥部山物語⑤ーリリジョンズラブ6ー

その5 都では、藤の弁はに部と別れて以来、枕に残る民部の移り香をしきりに嗅いでは、その人に添い臥している心地になって、一日二日と起き上がりもせず、袂も涙で朽ちてしまうほど泣き悲しみなさるが、自分以外に誰もこのつらさを語り合う者もいなかった。…

鳥部山物語④ーリリジョンズラブ6ー

その4 すると民部はいてもたってもいられず、さらに返歌をする。 「散りも始めず咲くも残らぬ面影をいかでか余所の花に紛へん (残らず咲いて散り始めない満開の桜をどうして別の所の花と見間違いましょう か。私が見初めたのはあなたに他なりません。) 全…

鳥部山物語③ーリリジョンズラブ6ー

その3 民部は その配慮がうれしく、やや心が晴れる心地もして、身支度をして、かの蓬生の家を訪ねた。 宿の主は非常に歓待して、数日もすると互い気の置けない仲となったのであった。また、をの翁の子で、まだごく年若くはあったが、情けを解する少年が慕い…

鳥部山物語②ーリリジョンズラブ6ー

その2 民部は稚児の姿を遠目にほのかに見だけだで、すっかり心を奪われた。花見も十分堪能し、さあ帰ろうかとなっても、花ならぬ稚児をのみうっとりと見惚れ続けている。これでは一緒に来た人々も、さすがに気が付いて言い出すかもしれない、それも思慮に足…

鳥部山物語①ーリリジョンズラブ6ー

その1 この世はなんと無常なものであろうか。 武蔵の国の片隅に、とある精舎があり、多くの学僧が仏道に励んでいた。その司である某の和尚と申す方の弟子に、民部卿という者がいた。この民部は容色は端正で、学道への志も深く、仏典だけではなく、史記など…

嵯峨物語(全編)ーリリジョンズラブ5ー

序文 およそ男色の道の長い歴史を繙くと、西域(天竺)・中華・本朝に至るまで盛んに行われていたいたようである。 仏陀の説くところでは、糞門を犯し、口門を犯すことは邪な行為として、男色を非道と名付け、功徳円満経には末世の比丘は小児を愛する罪によ…

嵯峨物語⑭ーリリジョンズラブ5ー

本文 その12 中将は、 三年間父上の行った道を改めることなく守ってこそ孝子の道と言えるのに、勅命なので拒否できるわけもないが、どれほども経たないのに住み替えたことは、何とも畏れ多く罪深いことだと思いなさって、つらいことと思い悩んでいました。…

嵯峨物語⑬ーリリジョンズラブ5ー

本文 その11 年も改まり、毎年の事ですが、新鮮な気持ちで、日の光ものどやかで、すがすがしい空の様子に、人の心も喜ばしくなります。慶賀の歌を奏上する人も多く、仙洞御所で歌会が催されました。中将も参内して、「立春の心を」という事で次のように詠…

嵯峨物語⑫ーリリジョンズラブ5ー

本文 その10 一方、一条郎は松寿君都へ戻って中将となってからは、文を伝える術もなく、かといって思いを断ち切ることもできないでいました。鬱々たる思いで、京師にさまよい出でてゆかりある古御所を訪ねて、様々なことを語り合って、鬱屈した心を晴らそ…

嵯峨物語⑪ーリリジョンズラブ5ー

本文 その9 やがて死後の弔いも済ませて、松寿君は父の遺言通り、内裏へ出仕することとなりました。帝も故中納言殿の生前の功労の偉大さを思い出しなさって、出仕したその日にも松寿を元服させ、中将に任じました。 これよりは、紀中将康則と名のりなさいま…

嵯峨物語⑩ーリリジョンズラブ5ー

本文 その8 松寿君が都へ帰りなさると、母君は待ち受けなさっていて、 「それにしても長いこと会っていなかったので、どのようになっているのかと思いも募っていましたが、こんなにもすばらしく成長しなさって。自ら志した学問の道なので場所は選ばないとは…

嵯峨物語⑨ーリリジョンズラブ5ー

本文 その7 「父中納言殿は御具合がよくなく、患っていましたが、ただの風邪だろうかと気にも留めずに過ごしていましたが、急に病状が悪化したようでございます。御使いではなく、あなたご自身が急いで都へおいでなさい。その際には僧都もお誘いなさい。御…

嵯峨物語⑧ーリリジョンズラブ5ー

本文 その6 夜が明けて、せめて遠目にだけでもと、一条郎は松寿君のいる院に行って物陰から窺いますと、折悪しく不在のようだったので、立て切ってあった障子の端の方に詩歌を書き付けました。 標格清新早玉成(標格清新早く玉成す) 問斯風雨豈無情(問ふ…

嵯峨物語⑦ーリリジョンズラブ5ー

本文 その5 過日の詩席は思い出しても、この上なく心慰められることではありましたが、今は松寿君の事ばかりが心にかかって他には何も考えられません。「自分らしくもない。世を捨てて、世にも捨てられた自分がこのように悶々としていいはずがない。」と悩…

嵯峨物語⑥ーリリジョンズラブ5ー

本文 その4 一条殿は夜が明けたので、下法師の案内で寺々を 見歩いていると、僧都殿が現れて、昨日来のことを法師から聞いて挨拶をします。 「ありがたいことです。よくお訪ねくださいました。わざわざ春に家を出なくても、月の夜には閨の中にいながらでも…

嵯峨物語⑤ーリリジョンズラブ5ー

本文 その3 あまたこの僧房を訪れた人々の中でも殊に風雅を覚えたのは、 一条郎と申す方でしょう。 一条郎殿は、志深く高潔な方で、今の世は人が人としての信義節操を果たさず、放恣に流れているのを嘆き、 「世の人は賢げな物言いばかりするが、心のこもら…

嵯峨物語④ーリリジョンズラブ5ー

本文 その2 松寿君が弥生三月に門を敲いた庵のある山里は、都からはさして遠いところではなかったのですが、世間からは隔絶した住みぶりで、行き交う人も稀でした。峰々に繁っている松の木の下陰で柴木を取りに来た山賤(やまがつ)が斧を振るう音がコーン…

嵯峨物語③ーリリジョンズラブ5ー

本文 その1 近来の人の書きなさった文章を見ると、 男色があることは、西域・中華・本朝どの人々も漏れなくいっています。その文章にあるように、この道はこの道は世々を経て絶えることはないので、人が知らない思い草のような思いの種も、葉の末に結ぶ露の…

嵯峨物語②ーリリジョンズラブ5ー

序文 その2 西域・中華でこの道を尊び敬うことは以上の通りだが、本朝でも昔から伝わる中で、特に嵯峨天皇の御時には盛んであったという。 その御宇にはこの道の師である弘法大師空海がを中華より伝え、その法を承けた弟子の 真雅阿闍梨が「思ひ出づるとき…

嵯峨物語①ーリリジョンズラブ5ー

序文 その1 およそ男色の道の長い歴史を繙くと、西域(天竺)・中華・本朝に至るまで盛んに行われていたいたようである。 仏陀の説くところでは、糞門を犯し、口門を犯すことは邪な行為として、男色を非道と名付け、功徳円満経には末世の比丘は小児を愛する…