religionsloveの日記

室町物語です。

鳥部山物語②ーリリジョンズラブ6ー

その2

 民部は稚児の姿を遠目にほのかに見だけだで、すっかり心を奪われた。花見も十分堪能し、さあ帰ろうかとなっても、花ならぬ稚児をのみうっとりと見惚れ続けている。これでは一緒に来た人々も、さすがに気が付いて言い出すかもしれない、それも思慮に足りないことだと、心に秘めて宿所へと帰った。

 しかしそれ以来、稚児の面影ばかりが心に浮かんで、昼は終日(ひねもす)夜は通夜(よもすがら)嘆き明かして、今は心もみだれ髪のように乱れ、万葉集の「恋草を力車に七車積みて恋ふらく吾が心から」ではないが、言っても言っても言い足りない恋心は、恋草を七台の力車に積んでも積み足りない程に募るのであった。車は巡る、ならば私もあの稚児に巡り会うこともあるかもと、確たる手掛かりもないのに、京の町をくまなくさすらい歩いて捜したが、恋焦がれる思いも、海人の乗り捨てた捨て舟を一人掉さして漕ぐようなもので、どこぞと教えてくれるよすがもないので、毎日毎日空しく宿所へ帰るのであった。 

 朱雀大路には、三条から九条まで東西に坊門がある。その四条坊門の辺りを通り過ぎた時、名のある公卿の住む家と見えて、古びた木立ちが奥深く繁り、どことなく心魅かれる邸宅があった。思わず門近くまで近寄って内を窺うと、梅の折り枝の蝶や鳥が飛び違っている模様の風雅な水干を着た、類なき美貌の稚児が散り過ぎた花の梢をつくづくと眺めて歌を口ずさんでいる。

  移ろひてあらぬ色香に衰へぬ花も盛りは短かかりけり

  (時は移りあられもない色や香りに衰えてしまった。花も盛りは短いものだな

  あ。)

 高欄にそっと寄りかかって頬杖をついている姿に、民部は肌寒くなるほどの感動を覚えるのであった。目を凝らせば、それは紛れもない、せめて夢にでもと恋い慕っていた北山の花のえにしのあの稚児であった。民部は高鳴る動悸を抑えながらさらに近寄ると、気配を察したのか、誰かに見られているかもしれないと、そそくさと部屋に入ってしまった。これは何という僥倖だと、暫くはそこに立ち尽くしていたが、新古今集の「忘れてはうちなげかるるゆふべかなわれのみ知りてすぐる月日を」ではないが、相手の気付いてくれない恋心に、夕暮れの鐘の響きもつれなく聞こえ、日もとっぷりと暮れていつまでもそうしてもいられず、不案内な都の道を、心乱れてさまよいながらどうにか宿所へ戻ったのだった。

 それ以来、民部は心の病に床に臥し、和尚にお仕えすることもままならぬようになった。和尚も心配して急ぎ薬などを手配したが、全くその効果もない。

 とある日、五月雨がしめやかに降り続けるもの寂しい夜に、この民部と共に長年和尚にお仕えしている者が、病に臥す枕元に近寄って、このように語った。

 「以前、北山での花の夕間暮れにほのかに見た美しい稚児、その月影が入る空のように、その人がお入りになったお屋敷を詳しく知っている者がございましたぞ。それによると某の中納言とか申す方の御子という事です。」

 民部はぼんやりとした頭で聞いていたが、聞くや重い枕をもたげて、

 「どうだろうか、その人に言い寄る手立てはないものでしょうか。」

 と尋ねると、

 「そうなんです。そのお住まいになっている東に、垣根は野苺が生えて、軒端にはしのぶ草が繁っていて侘しげに住みなしている、ささやかな家を通り過ぎがてらそっと見入ると、その家の主でしょう、六十ほどの老人がおりました。埋火に手の甲をかざして腰をかがめているのをよくよく見ると、以前から見知った人でした。近寄って、昔の思い出などを語らっているうちに、かの君のことなども問わず語りに出てきて、どうもごく親しく隣づきあいをしているようです。御病状も快方に向かったならば、かの家へお行きなさってしばらくの間、仮に逗留なさったならば、玉の簾の間を通って風のように、あなたの心をお伝えすることもきっとできるでしょう。」

 などと仕向けると、民部も大きくうなずき、笑みを浮かべていると、これも和尚に親しく使えている同朋の式部という者がやって来て、

 「御病気はいかがですか。このように寝込んでばかりでは、気も疲れひどく心もしぼんでしまいますよ。どこでもいいのです、しかるべき家をひとつ求めてそこに逗留して気を紛らわしなさい。」

 などと気の置けない語り口で勧める。折にかない、うれしく有難いとは思うが、興奮して浮き立つのもいかがかと、さりげなく振る舞い、

 「そうなんです。自分でもそうは思うのですが、和尚様がどのようにお考えになっていなさるか。」

 と眉をだるそうにひそめて言うと、

 「あなたを案じている和尚様の事だから、どうして不快に思いなさるか。一つ私から申し上げてみましょう。」

 と即座に座を離れると、まもなくやって来て、

 「おおよその事を申し上げましたところ、民部卿の御心に任そうとおっしゃいなさいました。早々にも誰かにお宿の手配をさしなさいませ。」

 と親切に語って出て行った。

 

原文

 民部、ほのかに見てしより、そぞろに心惑ひて、かへさの後も慕はしきまでなむ見惚れたるを、伴ふ人々も目咎むる程なれば、さすがに人の言ひ思はむも浅はかなればと心に籠めて、立ち帰りしより面影にのみ覚えて、昼はひめもす(終日=ひねもす)、夜はすがらに嘆き明かし、今は心もみだれ髪の、言ふにも余る恋草は、積むとも尽きぬ*七車の、また巡り会う事もやと、至らぬ隈もなく惑ひありきて求むれど、ひとり*こがるる捨て舟の掉さして、いづこと*教ふるよすがもなければ、空しく立ち帰りけるが、四条の*坊門とかやうち過ぐるに、公卿の住む家と見えて、奥深く木立ちもの古り何となくなつかしく覚えければ、門の傍らに差し入りたるに、形いと類なき児の、梅の折り枝に蝶鳥飛び違ひ*唐めきたるをうち着て、散り過ぎたる花の梢をつくづくと眺めて、

  移ろひてあらぬ色香に衰へぬ花も盛りは短かかりけり

 と口ずさみながら、そばなる高欄に、そと寄りかかりて面杖(つらづえ)つき給へる様、肌寒きまでなむ覚えける。つくづくとうちまもれば、夢にもせめてと恋ひ慕ひし北山の花の縁(えにし)、つゆまがふべくもあらず。胸うち騒ぎて、なほ立ち寄りければ、見る人ありと苦しげにて、やがて紛れ入りぬ。

 これやいかにと暫しは立ちやすらひ侍れど、*我のみ知れる夕暮れの鐘の響きもつれなくて、はや日も暮れぬれば、いつまでかくてもと、*辿る辿るうち帰りぬ。

 今はひたすら病の床に臥して、和尚に仕へものする事も怠り給ふれば、急ぎ薬の事なんどとかく沙汰し侍れど、いささかも験(しるし)なし。雨しめやかに降り暮らしたる夜のいともの寂しきに、*年頃付き従ひし者なむありしが、悩める枕に差し寄り聞こえけるは、「過ぎにし花の夕間暮れ、ほのかに影を見る*月の入り給へる空、詳しく知れる者侍り。某の中納言とかや言へる人の御子なり。」と漫ろに語るをうち聞きて、重き枕をもたげ、「いかにその人の事言ひ寄るべきよすがや*ある。」と尋ねければ、「さればとよ、その住み給ふ東にささやかなる家の垣に*苺むし、軒は*忍交りに生い茂りてもの侘しげなるを、過ぎがてにそと身入れ侍れば、主六十(むそじ)余りにもや侍らむ、*埋火の元に手の裏うち返し傾き居たるをよくよく見ればはやうより知れる人にてなむ侍る。差し寄りて来し方の事どもうち語らひしに、かの君の事まで問はず語りし出でて、いと懇ろにものし侍るぞや。御悩みも怠り給ふ程は、暫しかれが家に*立ち越え給ひて、仮にも住ませ給はば、*玉だれの隙にも御心を伝へ給ふ程の事はなどかなからむ。」と*唆し侍れば、民部うちうなづき微笑みてゐたる所に、これも和尚に親しく仕へものする*同朋の訪ひ来て、「悩みいかが侍る。かくのみ籠りては、気も疲れいとど心も*結ぼふれなむに、いづくにもあれさるべき屋、ひとつ求めて心をも慰め給へかし。」となれても聞こえければ、うれしとは聞き居たれど、*あはだれたるわざはいかにと、おいらかにもてなし、「さればよ。自らもさは思ひながら、和尚の御心の図り難きに。」と、まみいとたゆげなれば、「いかで悪しくは思し給はむ。聞こえ上げ侍らむ。」とてそのまま立ち出でぬ。

 とばかりありてまた詣で来たり。「あらましの事聞こえ侍れば、そこの心に任すべき由のたまひ侍るぞ。早く人して宿の事ものし給へ。」といと睦まじく語らひ置きて出でぬ。

 

(注)七車=「恋草を力車に七車積みて恋ふらく吾が心から(万葉集・四・69

    4)」。「恋草」は恋心。恋の草が車七台一杯になる程積もったという事。

   こがるる=「恋に焦がれる」と「捨て舟を漕ぐ」をかける。海人の捨て舟を漕ぐ

    とはあてのないことのたとえ。

   教ふる=原文「をしゆる」。

   坊門=まちの門。平安京では朱雀大路に面して、三条以下九条までの各房ごとに

    東西十四門が設けられていた。また、坊門のあった小路を坊門小路と言い、通

    りを指すこともある。

   唐めきたる=異国風の。平凡ではない、風雅な。

   我のみ知れる=忘れてはうちなげかるるゆふべかなわれのみ知りてすぐる月日を

    (新古今・恋一・1035・式子内親王)を踏まえるか。相手は気付いていない片

    思いの恋心を言う。別に典拠があるかもしれない。

   辿る辿る=迷い尋ねて行く様。

   年頃付き従ひし者=年頃というのだから、武蔵の国にいた時から和尚に仕えてい

    た者だろう。会話の内容から民部との主従関係とは思われない。友人として一

    緒に北山に行った一人だろう。その者が藤の弁の東隣の住人と旧知の間柄とは

    どういう状況かわからない。

   月=稚児を指す。

   ある=原文「あり」。

   苺=野いちご、木いちごは古くから食されていたようであり、「枕草子」にも用

    例はあるが、垣根に苺が生えているという用例は見ていない。校註日本文学大

    系では、「苔むし」としている。

   忍=しのぶ草、または軒しのぶ。荒れた庭や門の象徴。しのぶ草は秋のもの。し

    のぶ草から作った吊りしのぶなら夏だが、時代が下る。

   埋火=灰に中に埋めた炭火。冬のものであろう。季節がわからない。

   立ち越え=出かける。

   同朋=「続群書類従本」「続史籍集覧本」「校註日本文学大系本」では「式部と

    いふもの」。事情を知って助言したというより、たまたまの助言が状況にぴっ

    たりあったと解したい。

   結ぼふれ=気がめいる。

   あはだれたる=未詳。性急な様、興奮する様を言うか。