religionsloveの日記

室町物語です。

2020-01-01から1年間の記事一覧

秋夜長物語㉒ーリリジョンズラブー

第二十一章 旅人の語る年の程、衣装の様は疑いもなく梅若。 律師も童も全身から力が抜ける。その場に倒れ伏してしまいそうになる。 いや違う。ここはとにかく瀬田の唐橋へ。輿を舁く中間・下法師は言わずとも心得、前にも増して疾駆する。 唐橋に着く。と、…

秋夜長物語㉑ーリリジョンズラブー

第二十章 桂海は驚愕し、桂寿に手紙を見せる。 「これをご覧。何とも気がかりな歌。話はあとだ。子細は道すがら聞こう。まずは急ぎ石山へ。」 と駆け出す。童も続けて駆け下りる。 今の桂海、忍んで動くことはできない。あのいくさ以来、何かあれば桂海に忠…

秋夜長物語⑳ーリリジョンズラブー

第十九章 夜が明ける。梅若がつぶやく。 「ご門主様は、どこにおられるのでしょう。」 桂寿は記憶の糸を手繰る。宗の違いはあるが石山の座主とは親しい間柄だったような・・・ 「ひょっとしたら、石山寺に身を寄せているかもしれません。ここは、石山の観音…

秋夜長物語⑲ーリリジョンズラブー

第十八章 解放された道俗男女は散り散りに去って行く。 竜神は消え失せる。天に還ったか、淵に潜んだか。 桂寿が言う。 「若君の古里、花園をお尋ね申しましょう。」 目と鼻の先である。 若君は何とも答えず、ただ肯く。訪ねていくと、かつては甍を並べ栄華…

秋夜長物語⑱ーリリジョンズラブー

第十七章 かような折に、手を縛られた一人の老翁が牢に放り込まれた。異様な風体である。齢はとうに八十を超えているであろう。淡路の国で捕らえられたという。 翁はうろたえる様子も、嘆く素振りもない。 「わしは天空で酒を飲んでおったのじゃ。したら、雲…

秋夜長物語⑰ーリリジョンズラブー

第十六章 梅若は、外の世界がどうなっているかなどとは知る由もない。ただ石の牢に押し込められて明け暮れ泣き沈んでいるばかりである。 と、外が騒がしい。 大勢の山伏が集まって四方山話をしているようだ。 ある子天狗が言う。 「我らが楽しみは、人の不幸…

秋夜長物語⑯ーリリジョンズラブー

第十五章 三井寺が戒壇を立てた。 これを聞いて山門には緊張が走る。 叡山にしてみれば、三井寺は勝手に分裂して山を下りた子寺のようなものである。親寺の延暦寺にすでに戒壇があるのに、どうして重ねて戒壇が必要あるのか。 そもそも、戒壇は伝教大師が、…

秋夜長物語⑮ーリリジョンズラブー

第十四章 園城寺の歴史は、延暦寺との確執の歴史といっていい。 672年頃創建された園城寺は、天智・天武・持統の帝が産湯と浸かった霊泉があって、御(三)井の寺とも呼ばれたという。 この古刹を中興したのが円珍である。 比叡山で修学した円珍は、入唐…

秋夜長物語⑭ーリリジョンズラブー

第十三章 若君がいなくなった。 扈従(こしょう)の童もいない。 門主の嘆きは並々でない。寺内をくまなく捜させたが、誰も知る人はいない。道行く旅人にも尋ねる。すると、坂本から大津に訪ねる旅人が、 「お尋ねのお若い主従、昨夕戌の刻であろうか、唐崎…

秋夜長物語⑬ーリリジョンズラブー

第十二章 霧が深い。 桂寿は梅若が初めて聖護院に来た日を思い出す。 鳰の湖に濃い狭霧が立ち込め、三井の寺も一間先さえ見定めることができない中、突如現れた一行。霧の底から湧き出でるように。雲の上から降臨するかのように。 わたしも寺に入って間もな…

秋夜長物語⑫ーリリジョンズラブー

第十一章 桂海は、夢とも現ともわからない梅若の面影と、自分のものとはいいながら己の袖に残る梅若の面影移り香をよすがとして山へ上る。 心しおれて人に語りかけられてもろくに返事もしない。泣くでもないのに自然と涙があふれ、抑える袖も朽ち果ててしま…

秋夜長物語⑪ーリリジョンズラブー

第十章 夜が明ける。聖護院の鹿鳴の宴も果てて、今は森閑としている。 桂海は梅若を見送ると、内には入らず、かといって去るでもなく門の石畳に立ちやすらいでいる。 桂寿が現れ、言葉なく文を差し出す。 開けてみると、言葉少なく、和歌が一首、 我が袖に宿…

秋夜長物語⑩ーリリジョンズラブー

第九章 律師はこれを聞いて、心浮かれ魂乱れ、地に足がつかない。 夜更けて、鐘撞く音をつくねんと聞き、月が南へ廻るのさえ待ちかねていると、白壁の門の戸を誰かが開ける音がする。書院の杉障子から見やると、例の童が魚脳提灯を持って立っている。 二人の…

秋夜長物語⑨ーリリジョンズラブー

第八章 「聖護院の目と鼻の先に顔見知りの衆徒の僧房がございます。私が頼めば大丈夫ですから、そこに暫くご逗留なさって、折々御簾の隙間を気にかけてご覧になってください。いずれ機会も訪れましょう。」 と童は自信ありげに強く誘う。房主が桂寿をお気に…

秋夜長物語⑧ーリリジョンズラブー

第七章 律師はこの返事を見て心浮かれる。 まだ逢ってもいないのに逢瀬の後の別れのつらさを思いやり、山へ帰ろうとの心は全く起きない。暫くはここに留まって、せめて遠目にでもあの梢を眺めて暮らしたいとさえ思うが、それはさすがに節度を欠く行いだろう…

秋夜長物語⑦ーリリジョンズラブー

第六章 聖護院に戻った童は、梅若の許に伺う。 「梅若君、昨夜あるお方から文を預かってまいりました。 いつぞやの夕べ、雨の中を花の木陰に立ち出でなさったことがございましたでしょうか。その折、垣間見られた数寄人がおりましたのでございます。君の美し…

秋夜長物語⑥ーリリジョンズラブー

第五章 律師は夢に現に現れた梅若の面影に、まどろむことも起き上がることもできず毎夜を過ごし、昼は昼で悶々とした日々を送っている。 何か手掛かりはないだろうか。 一人の旧知を思い出す。 「あの御仁は確か聖護院の近くに住まわれておったような。」 詩…

秋夜長物語⑤ーリリジョンズラブー

第四章 翌朝、昨日の聖護院の御房を訪ねる。 房内を覗っていると、小ざっぱりした美しい童が、手水鉢の水を捨てに外に出てきた。桂海律師は、これは昨日の稚児の侍従の童子ではないかと思い、立ち寄って声をかける。 「少々お尋ね申し上げるが。」 童は驚く…

秋夜長物語④ーリリジョンズラブー

第三章 叡山から石山への道すがら三井寺を通る。 折しも春の雨。小止みなくしとしと降る雨には蓑傘も効かない。法衣も顔もぐっしょり濡れてしまう。 桂海律師せん方なく、しばしの雨宿りとて金堂の軒をを借りようと、聖護院の傍らを通る。塀越しに老桜が覗え…

秋夜長物語③ーリリジョンズラブー

第二章 桂海は、この夢はきっと所願成就の証であろうと喜んで、まだ東雲の明けやらぬうちにお山へと帰る。 「きっとあの夢が私を導いてくれる。」 そう思うと、今更なお奥山に移り棲んで専心しようとの心もすっかり失せて、ただ仏菩薩の御恩が降臨して、わが…

秋夜長物語②ーリリジョンズラブー

第一章 「これほど遁世発心を願い立ってもかなえられないのは、邪魔外道が我を妨げているからであろうか、それならば仏菩薩の加護によってこの願いを成就させよう。」 桂海は石山寺への参篭を思い立つ。観世音菩薩にすがって迷いを断とうと考えたのである。 …

秋夜長物語①ーリリジョンズラブー

序章 人はなぜ人を恋うてやまないのか。愛すれば愛するほど苦悩や艱難が待ち受けているのにどうして愛することをやめないのか。なにゆえに人は人を求めるのか。 我々は天地自然を愛する。理由などない。好きだから愛する。 春の花が樹頭に咲きほころぶ。その…