第十章
夜が明ける。聖護院の鹿鳴の宴も果てて、今は森閑としている。
桂海は梅若を見送ると、内には入らず、かといって去るでもなく門の石畳に立ちやすらいでいる。
桂寿が現れ、言葉なく文を差し出す。
開けてみると、言葉少なく、和歌が一首、
我が袖に宿しや果てん衣々の涙にわけし在明の月
(私の袖にはずっと涙に映じて有明の月が宿り続けていくのでしょうか。後朝の別れ
に涙ながらに二人で見た有明の月が。)
律師は書院に帰り返歌をしたためる。
共に見し月を余波の袖の露はらはで幾夜歎き明かさん
(あなたと二人で見た月を、涙の露で濡れた袖に映しとどめています。別れた後もこ
の夜露を払うことなく幾夜月を映して嘆き明かすことでしょうか。きっといつまで
も嘆き明かし続けることでしょう。)
(注)鹿鳴の宴=賓客をもてなす宴。