religionsloveの日記

室町物語です。

秋夜長物語⑨ーリリジョンズラブー

第八章

 「聖護院の目と鼻の先に顔見知りの衆徒の僧房がございます。私が頼めば大丈夫ですから、そこに暫くご逗留なさって、折々御簾の隙間を気にかけてご覧になってください。いずれ機会も訪れましょう。」

 と童は自信ありげに強く誘う。房主が桂寿をお気に召しているのであろう。その言葉に心惹かれて、律師は再び三井寺へと行く。

 桂寿が頼むと房の主は桂海に書院の一室を提供する。迷惑がるどころか、かえって歓待する。訳知り顔の態度、桂寿と桂海の関係を早合点しているのであろうか。

 ある日は稚児を数多召しては管絃の宴を、ある日は褒貶の歌合せを催して手厚くもてなす。

 桂海は亭主には、三井寺の守護神、新羅大明神にとある願をかけて七夜参詣するのだと説明し、、夜な夜な院に忍び入り、築山の松の木陰、潜在の前栽の草の夜露の許に隠れ梅若の姿を窺う。

 梅若も桂海が潜んでいるのを心得ているのであろう。人目が切れるのを窺っている様子である。

 しかし好機は訪れない。

 梅若の淋しげなつらそうな顔を、物陰から見るよりほかないわが身がつらく思われる。

 「ええい、このように遠くから見ることだけが、自分のほうの一方的な逢瀬であるのか。あのかんばせ、若君は確かに私を思ってくれているのであろう。ならば、その心映えを命の頼みとして生きていくべきなのか。」

 桂海は自分に言い聞かせつつ、宵は院に通い、朝は房に帰る。そんな日々が十日余りになる。

 房の主は桂海がいたく気に入ったのか、「いつまでもお泊り下され。」と言ってくれるが、結願の七日はとうに過ぎている。

 「これも縁であったという事か。明日には山へ帰ろう。」

 窓を鳴らす小石の音。

 開けてみると塀越しに、桂寿が顔をのぞかせている。桂寿は声を忍ばせて、

 「若君が、『今夜、御所へ京からの客人が来られています。ご酒宴が開かれ、門主・客人皆いたく酔われてございます。山へお戻りになると伺いましたが、夜更けまではお帰りにならないでお待ちください。私のほうでこっそりそちらへ伺いましょう。』との仰せ。私が召し連れて参ります。門を鎖さずにお待ちください。」

 と忙し気に言い捨てて帰っていく。

 

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(注)褒貶の歌合せ=和歌の優劣を批評しあう歌会。

   前栽=「せんざい」と読む。庭の植え込み。