religionsloveの日記

室町物語です。

秋夜長物語⑲ーリリジョンズラブー

第十八章

 解放された道俗男女は散り散りに去って行く。

 竜神は消え失せる。天に還ったか、淵に潜んだか。

 桂寿が言う。

 「若君の古里、花園をお尋ね申しましょう。」

 目と鼻の先である。

 若君は何とも答えず、ただ肯く。訪ねていくと、かつては甍を並べ栄華を誇ったであろう邸宅楼台は、みな焼け野原となっている。人っ子一人いない廃墟である。桂寿は近くの僧房で尋ねる。

 「そうそう、左大臣の御殿は、どなたかの公達の若君が、比叡山に奪われたとかで、三井寺の僧兵が押し寄せて、怒りに任せて焼き払ったとか。」

 何とも要領を得ない答えである。

 「梅若様、父君の行方を尋ねて身を寄せればいいのでしょうが、私は京には不慣れ、借りるべき宿もございません。お辛いでしょうが、ここは長い旅路でも、三井寺を目指し、ご門主様にすがりましょう。」

 と梅若の手を引く。桂寿は童と言いながら、武家の稚児、気丈に梅若を導く。

 夕刻、やっとのことで三井寺に着く。眼前に広がるのは、仏閣僧房一宇も残さず焼き払われた無残な景色。ただ、善神堂だけがぽつんと立っている。閑庭は草の露繁く、空山は松の風音が響くばかりである。

 ここが我々の住み慣れた房の跡かと見ると、礎の石は焼けただれて、苔の緑も色枯れている。軒端の梅も枝枯れて、匂いを運ぶ風もない。

 惨状目にした梅若は、その場に泣き崩れる。

 「すべてのものが変わり果ててしまった。すべて私のせいだ。さぞかし神のみ心にも背き、人の噂の種にもなっていよう。」

 傍らで見守っている桂寿も、余りにいたわしくて正視できない。

 日が暮れる。

 どこぞに宿をと思うのだが、廃墟とはいえ長年住み慣れた思い出深いところ、なかなか立ち去りがたく、その夜は、唯一残った新羅大明神の拝殿の、軒を一夜の宿と借り、湖水の月を眺めては、泣き泣き夜を明かすのである。

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