religionsloveの日記

室町物語です。

秋夜長物語⑯ーリリジョンズラブー

第十五章

 三井寺戒壇を立てた。

 これを聞いて山門には緊張が走る。

 叡山にしてみれば、三井寺は勝手に分裂して山を下りた子寺のようなものである。親寺の延暦寺にすでに戒壇があるのに、どうして重ねて戒壇が必要あるのか。

 そもそも、戒壇伝教大師が、南都の数々の妨害を乗り越えて勅許を勝ち取ったものである。しかも大師入寂の七日後にやっと。小賢しくも園城寺は朝廷に六度戒壇建立を願い出た。そのたびごとに兵を進め、焼き討ちをかけたというに、まだ懲りぬと見える。

 蜂起しないことがあろうか。

 「朝廷に奏上するまでもない。幕府へ訴えるのも無用。時を改めず、今すぐ三井寺に押し寄せて、ことごとく焼き払ってしまえ。」

 末寺末社三千七百三ヶ所に檄文を飛ばす。

 先ずは近国、他も続けと次々に集結する。比叡山上も麓坂本も僧兵ひしめき充満する。

 時は十月、十五日は中の申の日、日吉山王を戴くわれらにはこれに勝る吉日はなかろうと、十万余騎の軍勢を、七手に分けて、正面追手、背面搦手から打ち寄せる。

 或は眇々たる志賀唐崎の浜風に、駒に鞭打つ衆徒もあり、或は漫々たる煙波湖水の朝凪に、船に掉さす大衆もある。

 思い思いに打ち寄せるその中で、桂海律師は心の内で思う。

 「誰彼知らずとも、言わずとも、今この濫觴は全くすべてわが身から起こったことである。誰より先んじ一合戦して、勇名後記に残さねばなるまい。」

 選りすぐりの同宿・若党五百人、神水飲んで誓いを交わし、五更の天の明けぬ間に如意嶽越えて押し寄せる。

 追手・搦手・城の中、すべて合わせて十万七千人、同時に鬨の声を上げると、大山もこれがために崩れ、湖水もこれがために傾いて、水輪際を落ちるのかと疑われる。

 手負いをいとわず、死を顧みず、乗り越え乗り越え攻め入る寄せ手、山門は、本院東塔の、習禅・禅智・円宗院・杉生・西勝・金輪院・椙本・坂本・妙観院、西塔には、常喜・乗実・南岸・行泉・行住・常林房、横川には、善法・善住・般若院、三塔蜂合するはいうまでもない。

 ここが勝負の分かれ目と、防戦する、寺門の大衆は、円満院の鬼駿河・唐院の七天狗・南の院の八金剛・千人切りの荒讃岐・金撮棒の悪大夫・八方破の武蔵坊・三町礫の円月房・提げ切好みの覚増、正義を金石のごとく重く秘め、命を塵芥のように軽くして、打ち出で打ち出で防ぎ戦う。

 鏃は甲冑を通し、鉾先煙塵を巻いて、三刻ばかり戦うが、寄せ手七千余騎手負いして半死半生となる。この城は未来永劫、どれほど時がたっても落ちるものとは見えない。

 桂海はこれを見て、鬱憤やるかたない。

 武の人なのだ。豪気の男なのである。

 「情けない合戦の有様よ。大した堀でもないのに、死人で埋めるばかりで、どうして陣を落とせないのか。我と思わんものはこの桂海に続き従い、我が手柄のほどを見よ。」

 と激しく言い放ち、底狭い薬研堀にかっぱと飛び下り、二丈余りの切岸の上に、盾の縁を蹴って跳ね上がり、塗りのはがれた塀の柱に手をかけて、ゆらりと跳ね越え、敵三百余人の中にただ一人乱れ入り、提げ切り・袈裟切り・車切り・背けて持った一刀・退いては進む追っ掛け切り・将棋倒しの払い切り・磯打つ波の捲り切り・乱紋・菱縫・蜘蛛手・結果(かくなわ)・十文字、四角八方に追立てて、足をも止めず切って回る。

 如意越えを防いでいた兵三百余人、これはかなわぬと思ったか、右往左往と落ちていく。

 続いて八方より攻め入る桂海の手勢五百余人、走り散って、院々谷々に火をかける。折しも魔風頻りに吹き、余煙四方を覆って、金堂・講堂・鐘楼・経蔵・常行三昧の阿弥陀堂・普賢行願の如法堂・教侍和尚の御本房・智証大師の御影堂・三門跡の御房に至るまで、総て三千七百余寺、一時に灰燼となり果てて、新羅大明神の社壇以外は残る房一つもない。

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(注)中の申の日=ひと月に申の日は2~3回、3回ある月の2回目の申の日を中の申

    という。比叡山の守護神日吉神社山王権現は、猿を神の使いとした。

   或は・・・=以下合戦の描写は、多少難解でも、戦いの雰囲気を味わうよう原文

    を生かし、意訳・翻案を控えた。講談を聞くようなイメージで読んでほしい。

   水輪際=世界の底。水がこぼれる際。