第十三章
若君がいなくなった。
扈従(こしょう)の童もいない。
門主の嘆きは並々でない。寺内をくまなく捜させたが、誰も知る人はいない。道行く旅人にも尋ねる。すると、坂本から大津に訪ねる旅人が、
「お尋ねのお若い主従、昨夕戌の刻であろうか、唐崎の浜でお見かけもうしたぞ。月を見ながら人待ち顔で佇んでおった。」
と語る。
「さては、先だって稚児が秘かに言い交した山徒がいるとの噂を聞いたが、そやつがかどわかして連れて行ったに違いない。」
梅若を預かっていた聖護院の周章狼狽はいうに及ばず、三井寺こぞって憤ること尋常ではない。
相手が延暦寺なのである。
寺中の老若貴賤、皆が烈火のごとく怒っている。集団の怒りは増幅する。歯止めが効かない。
「すぐにでも山門へ攻め寄るところだが、相手は叡山、ちと難儀であろう。それにしてもかような大事、父の大臣がご存じないことはなかろう。先ずは花園の左府の館へ押し寄せて恨みを訴え申そう。」
と言って、門徒の大衆五百余人、白昼、左府の邸宅、三条京極へ打ち寄せる。
恨みを申すといいながら、歩を進めるごとに異様な興奮に包まれてくる。一人一人の顔に殺気が充溢する。
左大臣家は何のことやらわからない。憤怒の形相の僧兵五百人が陸続と押し寄せる。心当たりがないのだが、問答する雰囲気ではない。
とりあえず、降りかかった火の粉と、五十人ほどの郎党で守りを固める。
その抵抗がまた、怒りに火をつける。
寺法師と恐れられている三井寺の僧兵である。塀を毀ち邸を破り、所かまわず火をかける。
渡殿・釣殿・泉殿、甍を並べた棟々・珠の欄干、一宇も残さず焼き払う。