第一章
「これほど遁世発心を願い立ってもかなえられないのは、邪魔外道が我を妨げているからであろうか、それならば仏菩薩の加護によってこの願いを成就させよう。」
桂海は石山寺への参篭を思い立つ。観世音菩薩にすがって迷いを断とうと考えたのである。
祈る。ひたすら祈る。
両膝を地につける。次いで両肘。合掌して頭面を地に伏す。五体投地を繰り返す。頭面接足、一心に観音に頂礼する。
一七日の間、「道心堅固証無上菩提」と祈り続ける。
満願七日の夜、祈り果てて桂海は礼盤を枕にまどろむ。
すると、仏殿の内から一人の稚児が立ち現れる。容色は美麗、言い表しようのないほどの艶やかさである。
稚児は庭へと進み出る。桜の木陰に佇むと、散り乱れる花びらが雪のごとく降りかかる。青葉勝ちに縫いをしたその水干姿は、遠山桜に花が二度咲いたかと見まがうほどの美しさで、花びらを袖に包みながら、どこへ行くとも知れず、暮れゆく風景の中に消えて見えなくなる。
と、夢より覚めて我に返る。
礼盤=仏を礼拝するために導師が上がる壇。
青葉勝ちに縫い=不明。青葉模様の刺繍を施したか?青葉色っぽい生地の水干な
のか?縫い目が青葉色の糸なのか青葉綴じとでもいうべき縫い方なのか?