第二十章
桂海は驚愕し、桂寿に手紙を見せる。
「これをご覧。何とも気がかりな歌。話はあとだ。子細は道すがら聞こう。まずは急ぎ石山へ。」
と駆け出す。童も続けて駆け下りる。
今の桂海、忍んで動くことはできない。あのいくさ以来、何かあれば桂海に忠誠を尽くそうと、山徒・大衆はつき従っているのである。血相を変えて走るのを見て、多くの同宿・仲間が後を追う。
石山へ向かうと知った下法師は、東坂本に先回りし、輿を用意する。童の輿を先に立て、二丁の輿は飛ぶがごとく進む。
大津を過ぎて行く折に、何人かの旅人とすれ違う。
すると、「あの稚児が・・・」との声が耳に入る。
桂海は輿を止めさせ、舞い降りる。
「旅人の方、今なんとお話し申しておられた、」
その剣幕に気おされながらも、
「いや、哀れな稚児をお見かけしたのでございます。どんな恨みがあったのでございますか、父母・師匠は、どれほど嘆いていただろうと噂していたのでございます。」
というので、さらに詳くき聞きただす。
旅人は、立ち止まって詳しく説明する。
「いや、先ほどだが瀬田の唐橋を渡ってまいりました折、年の頃十六七に見えます稚児が、水干を着ずに小袖に水干袴だけを召しておりましたが、西に向かって念仏を十遍ほど唱えて、身を投げなさったのでございます。何とも悲しげで思いつめたる様。我らもすぐ水に入って助け上げようとしたのですが、そのまま姿が見えなくなりました。力及ばず、救えなかったのでございます。」
(注)小袖=下着。