第四章
翌朝、昨日の聖護院の御房を訪ねる。
房内を覗っていると、小ざっぱりした美しい童が、手水鉢の水を捨てに外に出てきた。桂海律師は、これは昨日の稚児の侍従の童子ではないかと思い、立ち寄って声をかける。
「少々お尋ね申し上げるが。」
童は驚く素振りも訝る気色もない。
「何事でございましょう。」
桂海は胸の高鳴りを抑えつつ、さりげない様子を装いながら尋ねる。
「いや、昨日の暮れ方であったが、この院家で、水魚紗の水干をお召しになった、年の頃十六ぐらいであろうか、お若き方をお見かけ申し上げたのですが、そこもとはご存じであろうか。」
童は心得顔でにっこり笑う。かの方を見れば誰もが口をそろえて尋ねるのですよとでも言いたげである。
「そのお方でございますか。きっと私がお仕えしている方でございましょう。御名を梅若君と申し、お里は花園の左大臣殿でございます。偽り多きこの世をも全くお疑いなさらない純真無垢なあどけないお心をお持ちの方です。その聖い心根といい、類まれな美しさといい、寺中の老僧若輩、誰もが皆お慈しみ申し上げているのでございます。
老いは、春に咲き遅れた花を見て散るのを惜しむように、若君のことをわが身のように気遣います。
若きは、中秋の月の翳りない光を独り占めしたいと願うように、若君の虜となっているのでございます。
されど、この御所は非常に厳しい院でございまして、梅若君も管絃・風流の席の外は御房をお出にならず、いつとなく深窓の内に向かって、漢詩を作り、和歌を詠んでは長閑な日々を送っているのでございます。」
やはり現実であったのだ。
桂海は、はやる心にまかせてこの侍童に文を託して己の心を伝えたいと思うが、そうはいっても余りに不躾であろうと自制し、石山には詣でず、己が山へと帰る
(注)院家=寺領内にある子院で門跡に次ぐ格式の寺。