religionsloveの日記

室町物語です。

稚児今参り④ー稚児物語2ー

 

上巻

その10

 姫君は今参りを、心から気を許せる女房だとお思いになっているが、一方稚児は「思いがけず思い焦がれる心の内が抑えられず、打ち明けたならば、うって変わって疎ましく思うのではなかろうか。」とおのずと思い患われるのだが、姫君の春宮への入内も次第に近づいているようなので、「これまで思いを断っていた心の内を、そのように隠して過ごしていても、いつまでおそばに居られようか。」と耐え難く思われたので、ある夜、周囲には人がいなくて、ただ一人添い寝してして侍っていた折に己の素性を打ち明けた。「花の夕べにあなたを見初めて以来、今日まで募っていた思いは、歌枕の『室の八島』ではありませんが、煙のように立ち上り続けているのです。」と心を奪われて虚ろになった思いを、嘆きながら語り続けると、姫君は不気味にも恐ろしくも思われて、何事をも答えることができなかった。

その11

 今参りは、正体がわかってしまったので、それからは幾夜も幾夜も浅からぬ心の内をお伝えするが、そのうち次第に、愛しいと思う気持ちを抱くようになったのであろうか、「ひょっとしたら誰か女房が私の思いを見咎めるかも。」などと思うと、姫君は切なくなってしきりに顔を赤らめているのであった。

 今参りの方は、秘めた思いを打ち明けた後は、心は晴れ晴れとはしたのだが、女房たちの目は関守のように厳しく感じられて、このまま私の思いは途絶えてしまうのかとも思われた。

 それでも立ち去らず姫君のおそばにお仕えしていて、他の女房たちは「私たちはお暇なのかしら。」とそれぞれの局に下がった時などは、二人は昼は終日寄り添って、夜は夜の明けるのを嘆くほど親密に添い寝する、その姫君の態度を、父大臣なども、「このように親しい遊び相手が出来たのはうれしいことだ。」とおっしゃる。

その12

 このようにして何日も経つうちに、姫君は気持ちが優れず、病気のように見えたので、奥方様なども、「以前と同じような物の怪の仕業か。」と思って、誦経を始めて様々な祈祷もさせなさったが、日に日に物も召し上がらず、床に臥してばかりいらっしゃった。

 月の障りなども、このニ三か月お見えでないようなので、この今参りは思い当たることがあって、姫君に、「もしかしたらそのような状態(つわり)なのですか。」と申し上げると、そのようなことに無知であったのか、姫君は非常に驚き、かつ、つらく思って、しかし誰にも告げられることではなく、今参りの前でのみ、とめどもなく泣き悲しむのであった。

 

原文

その10

 うらなく隔てなきものに思したるに、「思ひのほかなる*下燃えの煙立ち出でて、申し出でなば、ひきかへて思し疎みやせん。」と思ひ患はるれども、春宮へ御参り、やうやう近づくめるを、「これまで思ひ断ちにし心の内を、さのみ包み過ごしてもいつまで。」とあぢきなく覚えければ、ある夜、御あたりに人なくて、ただ一人御添ひ臥しに候ひけるに、「花の夕べより今日まで思ひつる心の内、*室の八島ならでは。」と、あくがれし思ひを、うち嘆きつつ語り続くるに、むくつけう恐ろしく思せば、何事をか答へ給はむ。

(注)下燃え=心の中で思い焦がれる事。

   室の八島=栃木市大神神社の呼称。常に煙の立つところとして歌枕に詠まれ

    た。

その11

 あらはれ初めぬれば、夜を重ね、浅からぬ心の内を申し知らするに、初めこそ疎ましく恐ろしくも思ししが、度重なれば、やうやうあはれと*覚ゆることもやありけむ、今は人や見咎めんとわびしく、御顔の赤む折のみぞひまなかりける。

 *御今参りは、人知れぬ思ひを漏らし聞こえさせて後は、*胸の隙あるべきを、*人目の関の守難ければ、かくてしも思ひは絶えぬ心地しける。

 *御あたりにのみ立ち去らず候へば、かたへの人々もひまある心地して、方々にのみ候ふ折は、昼は日暮らし臥し暮らし、夜は御添ひ臥しにて明くるを嘆く御もてなしを、上なども、「かく懇ろなる御伽の出で来ておはするうれしさよ。」とのたまふ。

(注)覚ゆること=原文「おほふること」。あるいは「思すこと」「思すること」か。

   御今参り=ここで「今参り」という呼称が登場する。新参者の女房という意味

    で、稚児の事を指す。

   胸の隙=心の晴れる事。

   人目の関守=関所の番人のように見咎める女房たち。

   御あたりに=奈良絵本では、この前に、「とにかくに、やすけなく、ちきりのほ

    とも、あちきなく、おほゆるも、われなから、あまりなるやう、」とあり、契 

    りを結んだことが明示されている。

その12

 かくて日数を経(ふ)るほどに、姫君御心地例ならず、悩ましくし給へば、上なども、「例の物の怪にや。」とて、誦経始め給ひて、様々御祈りさせ給へども、日に添へては物なども見入れ給はず、うち臥しのみぞおはしましける。

 *例のおはしますことも、この二月三月はおはせねば、この御今参りぞ思ひ知ることもありけるにや、姫君に、「もし、さやうの御心地にや。」と申しければ、あさましく心憂く思されて、*この人ばかりにて泣き悲しみ給ふこと限りなし。

(注)例のおはしますこと=月経。生理。懐妊を示す。

   この人ばかりにて=人に知られるわけにもいかず、今参りの前だけで。