2021-05-16から1日間の記事一覧
その8 しばらくして伊予法師が言った。 「今まではつつみ隠していましたが、かの人亡くなってしまった上は憚ることもないでしょう。この方こそ宰相殿が恋しく思って泣いたという殿上人です。このように卑しい山賎(やまがつ)の身なりをしているのも、道中…
その7 そうそう、一方の都では、侍従が身投げをしたとの噂が立って、左大将は慌てふためいた。 「無益に身勝手な慰みごとをして人の非難を受けることだ。それにしても惜しい人を失ったことだ。」 と悲しんではいたが、世間の人々でこの殿を擁護する者は一人…
その6 左大将からは絶えず病を気遣う使いが来るが、相変わらずの病状を伝えるだけでうかがうこともなく日は過ぎて、長月にもなった。空しく月日を送ることは心細く、ともすれば露と競うかのように涙で袖を濡らすのである。 ある時、兄の中将殿が物詣でに出…