religionsloveの日記

室町物語です。

あしびき⑥ーリリジョンズラブ2ー

巻一 第六章

 侍従は、父の実家にいる日々も重なったので、そういつまでもこうしているわけにもいかない、山に帰り上らねばと思ったが、人には語れない稚児への思いが思いが日々強くなっていった。なぜに縁もゆかりもない人と出会って心を悩ませるのだろうと、どうにもつらく思われてあれこれ思い乱れていた。

 十八日は居待ちの月が山の端に立ち現れる亥の刻頃、こらえきれなくなって、大方の人も寝静まったろうと例の宿所へふらふらと出かけて行った。

 すると、先日話しかけた童が門の辺りに佇んでいるのに出会った。「これはちょうどよい。」と、「若君はどこにいらっしゃるのか。」と問いかけると扉の隠れに人影がある。近寄ってみるとほかでもない、若君であった。うれしいと形容するのも気が引けるような喜びようで、侍従はさっと袖を引き寄せて語りかけた。稚児も拒まず返事などをして、「このように恥ずかしげもなく言い寄るあなたは、どこのお人ですか。」と言うと、「『あしびきの』とだけ申しておきましょう。袖を引く(誘惑する)のではなくて、足引きですよ。」と返すのに、「大方、山の名は、はっきりどことも判断できますが、きっと私共南都と仲の良くない人のようですね。恐ろしいことでございますよ。」と、なんとも可愛らしく応ずるが、夜もずいぶん更けて起きている人もおるまいと、「月は簾を掲げてみる者ですよ。」と、侍従の手を引いて内に入った。

 侍従は、夢とも現ともわからない程混乱していたが、手を引かれるまま奥に入った後は、互いに深く契りを交わした。

 その後は、日暮れとともに招き入れて管絃の遊びなどに興ずる。若君が琵琶の名手であれば、侍従もまた管絃の骨を得た者であった。

 若君の父、民部卿得業、これには気づかぬはずはなく、「素性もわからぬ人が、なんとも無遠慮でなれなれしい。」などと言ったが、不確かながら侍従が人となりや、評判を聞いて、「本当にそのような人ならば、差し支えあるまい。」と黙認したので、その後は憚ることなく行き通っていた。

 しかし、なかなか帰山しない侍従に、律師から「特に相談したいことがある。急いで登山せよ。」との使いが来た。若君と会えなくなることはつらくはあるが、用件が済み次第戻ると言い残して、侍従は山に戻った。

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(注)あしびきの=「あしびきの」は山の枕詞。山と言えば比叡山を指す。

   骨=今は「コツ」とカタカナで書く方が多い。芸道の奥義、勘所。