religionsloveの日記

室町物語です。

秋夜長物語㉓ーリリジョンズラブー

第二十二章

 その後、園城寺の三摩耶戒壇建立の張本人の三十名は、焼き尽くされた三井寺に舞い戻る。しかし、この世の無常を嘆くよりほかすべがない。もはやここは我らが住むべき場所ではないのだ。長等(ながら)山を後にして離れ離れに仏の道を進むしかない。

 しかしその前に今一度、今宵内証甚深の法施を奉って、発心修行の旅に出る暇乞いを申そうと思って、皆、新羅大明神の前で夜通し、今日を限りと法味を捧げる。

 夜は更け、読経する僧たちも、夢か現か判然としない境地になる。

 と、東の虚空から、馬を馳せ、車を轟かす音がする。夥しい数の大人・高客が来る様子である。

 不思議なこと、誰であろうとそのきらびやかさに我を忘れて見入ると、或は法務の大僧正かと見える高僧が、四方輿に乗って扈従の大衆が前後を囲繞し、或は衣冠正しい俗体の客が、甲冑を帯びた隋兵を召し連れ、或は玉の簪を挿した夫人が、軽軒に乗って侍女数十人を左右に相従えている。

 その後に立つ退紅の仕丁にある者が尋ねる。

 「これはどのような方がいらしたのですか。」

 仕丁の一人が答える。

 「これこそ、東坂本に鎮座まします日吉の山王のご来臨でござる。」

 向かう先を見ると、いつの間にか帳が張ってある。これらの高客は皆、車や輿を下りて、帳の中へ入っていく。

 新羅大明神が玉の冠を被り、威儀を繕って金の幕の内から出てきて客たちと差し向う。

 賓客と主人と座に着くと、まずは献杯の礼がある。続いて舞曲の宴。新羅大明神は実にうれしそうに笑って、遊宴を楽しんでいる。

 やがて夜が明け、山王は帰っていく。大明神は寺門の外まで見送ると、その場にしばらくたっている。

 

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(注)長等山=三井寺の裏手にある山。三井寺は正式には長等山園城寺という。

   内証甚深の法施=深く悟るように経を読み法文を唱えること。

   軽軒=軽快な上等の車。

   退紅の仕丁=薄紅色の狩衣を着た下僕。

   法味=講経・読経などの儀式・法要。