religionsloveの日記

室町物語です。

天稚彦草子②-異郷譚5ー

下巻

 空に上って行きますと、白い狩衣を着た目よき男に逢いました。「天稚彦様がいらっしゃる所はどこですか。」と尋ねますと、「私は知りません。この後に逢う人に問いなされ。」と言います。この人は夕星(宵の明星)と言います。また、箒を持った人が現れたので、先のように尋ねますと、「私は知りません。この後に逢う人に尋ねなさい。私は箒星と申す者です。」と言って通り過ぎました。また何人かの人に行き逢いました。また先のように問うと、これも先のように言って、「私たちは昴星です。」と言って行き過ぎました。

 このような事ばかりで、行き逢うたびに尋ね申すのもいかがと思って、中空にいるからか、中空(中途半端で不安)な心地でとても心細い状態です。それでもとどまっている訳にもいかないので、さらに行きますと、立派な玉の輿に乗った人に行き会いました。またこの方にも同じ事を問いますと、「これより奥に行くと、瑠璃の地面に玉の御殿があります。そこに行って天稚彦に向かって呼びかけなさい。」と教えてくださったので仰せの通りに尋ねて行きました。

 そうしてついに天稚彦に尋ね会うことができました。恋しさに心を奪われて空の上に迷って中空に出た心の中など語りなさると、「とても悲しく毎日が心塞がる気持ちで耐えられない程でありました。約束申した通りに尋ねてくださるかと待ちながら心を慰めていましたが、あなたも同じ心でいらっしゃたとはうれしい限りです。」と言って、様々に契り語らいなさるのも、まことに浅からぬ前世からの宿縁でしょう。

 天稚彦は「それにしてもあなたに申し訳ないことがあるのですが、どうしたらいいでしょう。じつは私の父は鬼なのです。その父が人であるあなたがここにいらっしゃると聞いてはどうなさるかと考えるとつらいのです。」とおっしゃいます。姫君はとても驚きましたが、「結構でございます。心をこめて契り合った二人なのですから、それも運命でございましょう。ここを嫌だと思っても、もう立ち返られる所もございませんのであるにまかせるしかありません。」とお思いになります。

 こうして数日が過ぎましたが、この親である鬼がやって来ました。天稚彦は女をば脇息に変身させて自分がそれに凭れかかります。その鬼は実に容貌魁偉で目も向けられぬような姿です。「ここには娑婆の人の香がするぞ。なんなのだ*しばらくさや。」と言って立ち去りました。その後もたびたび来たのですが、扇・枕などに変身させてごまかしていましたが、さすがに気づいたのでしょう、足音もしないでこっそり尋ね来ました。天稚彦は昼寝をしていたので隠くすこともできずその姿は見えてしまいます。「この女は誰だ。」と言うと、もはや隠すこともできないのでありのままに言います。「それでは我が家の嫁であるのか。私には使用人もいないので頂戴して使わせよう。」と言うので、やっぱりそうなるのだなあと辛く思うのですが、甲斐ないことで、姫君を差し出します。

 鬼親は姫君を連れて行って言います。「野に数千の牛がいる。それを朝夕に替えて、昼は野に出し夜は牛小屋に入れなさい。」。姫君は天稚彦に、「これをどうしたらいいのでしょう。」と相談しますと、天稚彦は自分の袖を引き解いて姫に取らせて、「『天稚彦の袖袖』と言って振りなさい。」と教えるので、言う通りに振りますと、牛は早朝には野へ出て、夕方には牛小屋に入ります。千頭の牛がことごとく靡きます。「これこそ神通力なのか。」と鬼は言って驚きます。

 次に「我が倉にある米千石を、すぐさま別の倉にへ運び渡しなさい。一粒も落とすな。」と言うと、また袖を振って、「袖袖。」と言うと、蟻が夥しく出て来て、一時に運んでしまいます。鬼はこれを見て竿(算木)を置いて精査し、「一粒足りないではないか。」と言って、憎々し気に、「絶対探し出せ。」と命じます。その形相を見ると今はもうおしまいかと思えるほどで、恐ろしさは言いようもございません。姫は「探して見て来ましょう。」と跡を追いますと、腰の折れた老いた蟻が運ぶことができないでいるのを見つけて、喜んで蟻と米を持って行きます。

 また、「百足の倉に閉じ込めよ。」と命じます。板塀に鉄板が張り付けられた頑丈な倉です。百足といっても尋常ではありません。一尺余りの巨大な百足が四五千ほども群がっていて、口を開けて食いかかろうとしています。目もくらみそうな心地ですが、またこの袖を振って、「天稚彦の袖袖。」と言うと百足は隅へ集まって近寄ってきません。七日が過ぎて鬼が開けて見ると姫君は無事です。

 次に蛇の巣穴に閉じ込めます。それにも先のようにすると、蛇は一匹もも寄って来ません。また七日過ぎて見ると、まったく同じように生きています。

 どうにも扱いかねて、「この二人は結ばれる運命だったのかもしれない。ただし元の様に二人で過ごせるのは月に一度だぞ。」と鬼が言ったのを、女房は聞き間違えて、「年に一度とおっしゃるのですか。」と言うので、「それなら年に一度だ。」ということで、鬼が瓜を持って擲つと、天の川となって二人の間に横たわり、七夕・彦星と呼ばれて、年に一度七月七日にだけ逢うことになったのです。

(注)米千穀=米千粒ではあまりに少ない。千石だろうが、蟻なら一粒ずつ運んだの

    か。俵で運んで一俵足りないなら腑に落ちるのだが。

   竿を置きて=「室町物語大成」では「竿」の傍注に「算ヵ」とある。計算具か。

   鰭板=板塀。板壁。

   押して=貼り付けて。

   悪しく=間違えて。

 

原文

 空に上りて行くほどに、白き狩衣着て見目よき男逢ひたるに、「天稚彦おはします所はいづくぞ。」と問へば、「我は知らず。これより後に逢ひたらん人に問へ。」といへば、*夕星(ゆふつづ)といふ。また、箒(ははき)持ちたる人出来たれば、先のやうに問ふに、「我は知らず。この後逢はむ人に問へ。我は箒星となん申す。」といひて過ぎぬ。またあまた人逢ひたり。また先のやうに問へば、これも先のやうにいひて、「我は*昴星。」とて過ぎぬ。

 かくのみあらば、尋ね逢ひ聞こえん事もいかがと思ふに、*中空なる心地いみじく心細し。さてしもあるべきならねば猶行くほどに、めでたき玉の輿に乗りたる人に会ひたり。またこれも同じ事に問へば、「これより奥に行かんほどに、瑠璃の地に玉の屋あり。それに行きてあめわかみこ(天稚彦?)にもの申さん。」と教へ給へばそのままに行きて尋ぬ。

 天稚彦に尋ね会ひたてまつりぬ。*上の空に迷ひ出でつる心の中など語り給ふに、「いとあはれにて日頃のいぶせさわりなかりつるにも、契り聞こえしままに尋ね侍るらんと待ち聞こえて慰み侍りつるに、同じ心におはしけるこそあはれなれ。」とて、様々に契り語らひ給ふも、げに浅からざりける御契りなんめり。

(注)夕星=夕方西の空に見える金星。宵の明星。

   昴=おうし座にある散開星団。肉眼では六つ見える。

   中空なる心地=中途半端で不安な気持ち。宙空にいることを掛けるか。

   上の空=心を奪われて落ち着かないこと。上空に入ることを掛けるか。

 「さても心苦しき事のあるべきをば、いかがし侍るべき。父にて侍る人は鬼にて侍る。かくておはすると聞きてはいかがし聞こえんと侘しき。」とのたまふに、いとあさましけれど、「よしや様々心づくしなりける身の契りなれば、それもさるべきにこそ。ここを憂しとても、また立ち返るべきならねばあるにまかせて。」と思しけり。

 かくても日数経るほどに、この親来たり。女をば脇息になしてうちかかりぬ。まことに目も当てられぬ気色なり。「娑婆の人の香こそすれ。*しばらくさや。」とて立ちぬ。その後もたびたび来たりけれども、扇・枕などにしなしつつ紛らはしてありけるに、さや心得たりけむ、足音もせず密(みそ)かにふと来たり。昼寝をしたりければえ隠さで見えぬ。「これは誰ぞ。」といふに、今は隠すべき様ならねばありのままにいふ。「さては我が嫁にこそ。使ふ者も侍らぬに賜りて使はん。」といふに、さればこそと、いと悲し。惜しむべきならねば遣りぬ。

(注)しばらくさや=わかりづらい。「暫く然や=(あやしいけれども)しばらくはそ

    のままにしておこうか」の意か。それとも、「しばし臭や」などと「臭や」と

    訳出したほうがいいのか。

 具して行きていふやう、「野に飼う牛数千あり。それを朝夕に替へ、昼は野に出だし夜は牛屋に入れよ。」といふ。天稚彦に、「これをばいかがすべき。」といひ合はすれば、我が袖を解きて取らせて、「『天稚彦の袖袖』といひて振れ。」と教へければ、そのままに振りければ、早朝(つとめて)は野へ出で、夕去(ゆふさり)は牛屋へ入る。千頭の牛靡きたり。「かくてこそ神通なり。」と鬼いひけり。

 「我倉にある*米千穀(千石)ただ今のほどに異倉へ運び渡せ。一粒も落とすな。」といふほどに、また袖を振りて、「袖袖。」といへば、蟻いくらもいくらも出で来て、一時に運びぬ。鬼これを見て*竿を置きて、「一粒足らず。」とて、悪しげなる気色にて、「たしかに求め出だせ。」といふ。顔を見るに今はかくと見えて、恐ろしさいふばかりなし。「尋ねてこそ見侍らめ。」とて求むる程に、腰の折れたる蟻のえ運ばであるを見つけて、うれしく持ちて行きぬ。

 また、「百足の倉に籠めよ。」といひて*鰭板(はたいた)に鉄(くろがね)*押してあり。百足といへば常にもあらず、一尺余りなりけるが四五千ばかリ集ひて、口を開きて食はんとするに、目も暮るる心地しながら、またこの袖を振りて、「天稚彦の袖袖。」といへば隅へ集ひて側へも寄らず、七日過ぎて開けて見れば事なくてあり。

 また虵(蛇)の城に籠めぬ。それも先のままにしたれば、蛇(くちなは)一つも寄り来ず。また七日過ぎて見れば、ただ同じやうにて生きたり。

 し扱ひかねけむ、「しかるべきにこそあるらめ。元の様に住み合はむことは月に一度ぞ。」といひけるを、女房*悪しく聞きて、「年に一度とおほせらるるか。」といへば、「さらば年に一度ぞ。」とて、瓜を持ちて擲ちに打ちたりけるが、天の川となりて、七夕・彦星とて、年に一度七月七日に逢ふなり。

(注)米千穀=米千粒ではあまりに少ない。千石だろうが、蟻なら一粒ずつ運んだの

    か。俵で運んで一俵足りないなら腑に落ちるのだが。

   竿を置きて=「室町物語大成」では「竿」の傍注に「算ヵ」とある。計算具か。

   鰭板=板塀。板壁。

   押して=貼り付けて。

   悪しく=間違えて。