religionsloveの日記

室町物語です。

不老不死④-異郷譚2ー

下 その一

 さて、誘われるままに奥に入りますと、竜神は衣冠を正して出迎えて、孫子邈を七宝の曲彔に座らせ、自ら曲彔の椅子を横に並べ、礼儀に則った様子です。海の中全体にお触れを遣わして珍しい客人をもてなしました。海の各々は参上して接待をいたそうと、この仰せに従って夥しい数が集まりました。潮を呑んで気を吐くと雲となり雨となる威勢のいい鯨。青海原の水底からは限りないほど多くのふか。鬼一口を学んで人を一口でのみ込むというその名も知られた鰐。それぞれが巡らせる盃で酒を酌んで飲むのに因む鮭(さけ)。酔っては波を飛ぶのか飛び魚。眠りの夢は醒めるのですがそれに因む鮫(さめ)。満ちて来る潮にもまれても砕けない金頭(かながしら)の魚。甲貝ではありませんが兜の緒を締めて、腰に差したのは太刀ではありませんが太刀魚で、柄に手をかけるではありませんが鎌柄(かまつか)。名乗るのを聞くと法螺貝を吹くのではありませんが鯔(ぼら)。敵に姿を現わせなくてもに因む「あらわ𩶤(せん)」ではありませんが、いつもいくさに勝つに因む鰹。この城主ではありませんが鰶(このしろ)。その城主の手柄として、やがて天下を平らげるに因む玉珧(たひらぎ)。民の竈がにぎわうに因む若布(にぎは)。それは栄えではありませんが鱏(えい)という魚でしょう。天下が治まっているしるしとして、貢ぎ捧げる手は蛸の数ほどで、同じく数ある烏賊の手は、色もいっそう白く、その魚(しろいを)が、いとより(糸縒り)かかる柳のような柳葉魚(ししゃも)。君が袂を引くではありませんが熊引き。待って契った甲斐もなくではありませんが蟶(まて)貝。恋路に忍ぶ君が門ではありませんが鯉。近寄って安らごうとするではありませんが細魚(さより)。どうしてかつれなくも逢わないではありませんが鮑貝(逢わび)。月は暗い夜ではありませんが海月(くらげ)。夜もすがらの長き(牡蠣をかけるか)を侘びて夜泣きするのではありませんが夜なき貝。独り丸寝(まろね)は味気ないではありませんが鯵。浜千鳥の鳴き声だけが聞こえ、床までもいっそう冷(つべ)たいではありませんが砑螺貝(つべたがい)。暁を翔る鳥ではありませんが鳥貝。その声が八声鳴くと東が赤らむのに因む赤貝。雲がたなびくのではありませんが横蜘蛛蛸(くもだこ)。夜が明けたと告げる烏ではありませんが烏貝。世を渡る帆立舟ではありませんが帆立貝。憂しとは言わじ(言いません)ではありませんが鰯(いわし)。この上ない宝を持つのは福ではありませんが鯸(ふく)。豊作が続く種子(たなご)ではありませんが鱮(たなご)の魚。刈り入れて積む田ではありませんが田平子(たびらこ、鱮の異名)。米(よね)を作るに因む鰢(つくら)の魚。ただ何事も爽(さわ)らかではありませんが鰆(さはら)。めでたいめでたいといって鯛までも集まってきますが、その外、海老・蝤蛑(がざめ、がざみ)・螺(にし)・栄螺(さざい)・牡蠣・鮋(はえ、はや)・蛤に至るまで、名のある類は残らず来て竜宮城の大庭に群がる事は幾千万と数えきれないほどです。

 ここに奥の方から美しい竜女が二十余人、花を飾り裳裾を引いて出て来て、まずは管絃を演奏しました。嶰竹(かいちく)の横笛、泗浜の方磬、瑠璃の琴には師子筋の絃を張り、黄金の柱(ぢ)を立ててあろます。琥珀の琵琶には珊瑚の甲、瑪瑙の腹、水精(水晶)の撥(ばち)を添えています。鐘山鸞竹の篳篥(ひちりき)には白金の口に湘江の芦の葉を舌(リード)としています。へきかいたうの緑竹の笙はハクビシンの骨髄で管を固め、玳瑁の太鼓は海馬(とどorせいうち)の皮で張って、七宝の鋲を並べて打ち、栴檀の木を撥としています。その外、和琴・鶏婁(けいろう)・鞨鼓(かっこ)・せいく(鉦鼓か)・柷敔(しゅくぎょ)・かくいん(?)・箜篌(くご)・銅拍子(どびょうし)・振鼓(ふりつづみ)・腰鼓などもろもろの楽器を思い思いに取り持って、演奏を初めた舞楽の曲目は、春の遊びに楽しみを極める庭の春庭楽。のどけき空に蜘蛛の子が糸遊(いとゆう)するのに連れだって散り飛ぶ柳の花のような柳花苑。梅の枝は匂う軒端に谷の鶯が囀る曲は春鶯囀と名付けられています。玉の植木に咲く花の盛りは今ぞと歌う後庭花。酒の杯を廻らすのか廻杯楽。雲の上にある十天を歌う十天楽。聖の道を学ぶとはこれが本当に五常であるが五常楽。恋路を知らせる想夫恋。竜の都に名を得た海青楽はことに趣深いものです。命が尽きるまでの万歳楽。寿命の久しさを歌う採桑老。舞人は誰ですか裹頭(頭を布で包んだ姿)で舞う裹頭楽。治まる御代の太平楽。時も移るので今は早や夜半楽を演奏しています。

 舞楽もやがて果てましたので、今度は百味の膳を調(あつら)えて孫子邈に勧めます。さすがに故郷唐土では珍しい、竜馬の肝・熊の掌(てのひら)・麞(くじか)の胎児・猿の木取(手足)・猊(げい)の醢(ししびしお)・人魚の炙り物と味わいよき肉の類、また東門竜蹄の瓜、鶏心盛陽の棗、くわいこう(開封か?)の搗栗、大宛の安石榴、桑郎(桑落か)の名酒、茘枝禄(れいしりよく)の酒などと、名高き物であるともてはやされて、世には稀なものばかりです。そうでなくても名さえ知らない珍しい木の実、すばらしい酒の味はどうであろうかと、食するに従い飲むに従って、心も晴れやかに身も軽く飛び立つばかりに思われるのでした。

 やがて宴が終わり時も経ったので竜神は座を立って、ひとつの巻物を取り出し、孫子邈に与えて、「君は我が子の患えを癒してくださいました。報恩に薬の道を伝えようと思います。よくこの処方に従って人の病を癒しなさってください。」と言ってさらにもう一つの巻物も開き、そちらでは不老不死の薬の処方を授けたのでした。

 今は御いとま申し上げますということで、孫子邈は竜宮城を後にしてあっという間に海をしのぎわが家にこそ帰りました。そして早速竜宮の神の処方に従い、「千金翼方」という書を著して名医の名のもとに人々を施療して、自らは不死の薬を服して天上に上ったということです。

原文

 かくて奥に誘ひ入りしかば、竜神は衣冠正しくして出で会ひつつ、孫子邈を七宝の曲彔に据ゑ、自ら曲彔の座を並べ、礼儀乱れぬあり様なり。海中に触れ遣はし珍しき客人をまうけたり。各々参りて御もてなしを致すべしと、この仰せに従ひて集まるものぞ夥しき。潮を呑みて気を吐けば雲となり雨となる勢ひ高き鯨の魚、青海原の水底は限り知られぬふかの魚、*鬼一口や学ぶらんその名も著るき鰐の魚、とりどり巡る盃をしたたみ酌むや鮭の魚、酔うては波を飛び魚や、眠りの夢は鮫の魚、満ち来る潮にもまれても砕けもやらぬ*金頭(かながしら)、甲貝の緒を締めて、腰に差したる太刀魚の、*かまつかに手をかけて、名乗るを聞けば鯔(ぼら)の魚、敵だにあらは*𩶤(せん)で、いつもいくさに鰹や、鰶(このしろ)主の手柄として、やがて天下を*玉珧(たひらぎ)や、民の竈も*若布(にぎは)ふは鱏(えい)と云ふ魚ならん。治まれる世のしるしとて、貢ぎ捧ぐる蛸の手に、同じ数ある烏賊の手は、色も一入白魚(しろいを)の、*いとより(糸縒り)かかる*柳魚、君が袂を*熊引きに、蟶(まて)契りし貝(甲斐)もなく、恋(鯉)路に忍ぶ君が門、近く細魚(さより)て安らへど、などつれなくも鮑貝、月は海月(くらげ)の夜もすがら、長き(牡蠣をかけるか)を侘ぶる夜なき貝、独り丸寝(まろね)のあぢ(鰺)きなく、*音をのみぞする浜千鳥、床さへいとど砑螺貝(つべたがい)暁かけて鳥貝の、八声に東の赤貝や、横蜘蛛蛸(くもだこ)もたなびけば、明けぬと告ぐる烏貝、世渡る舟の帆立貝、憂しとは鰯限りなき、宝を持つか鯸(ふく)の魚、*ほに穂栄ゆる鱮(たなご)の魚、刈り入れて積む*田平子(たびらこ、鱮の異名)の、米(よね)を鰢(つくら)の魚とかや、ただ何事も鰆(さはら)かに、めで鯛めで鯛と云ひて集まりけるほどに、その外海老・蝤蛑(がざめ、がざみ)・螺(にし)・栄螺(さざい)・牡蠣・鮋(はえ、はや)・蛤に至るまで、名ある類は残らず来たりて竜宮城の大庭に群がる事幾千万と云ふ数を知らず。

(注)鬼一口=非常に危険な事。また、勢いがあってたやすいこと。「伊勢物語・芥

    川」が語源か。

   金頭=魚名。以下、魚・海産物に掛詞を用いている。

   かまつか=コイ科の淡水魚。

   𩶤=大漢和に載っているがどのような魚かわからない。

   玉珧=二枚貝の一種。

   若布=「角川俳句大歳時記」ではワカメに「にぎわ」の別称を挙げるが、出典は

    わからない。「万葉集」に「にぎめ」の用例がある。無関係かも。うがちすぎ

    かもしれない。

   いとより=鯛の一種。

   柳魚=柳葉魚(シシャモ)のことか。

   熊引き=鱪(しいら)の別称。

   音をのみぞする浜千鳥=何を掛けているのか不明。

   ほに穂=「ほに穂が咲く」は穀物がよく実る、豊作である、の意。「鱮」を「種

    子(たなご)」に掛けるか。

   田平子=鱮の別称。「田」に掛けるのか。

 かかる所に奥の方より美しき竜女二十余人、花を飾り裳裾を引きて出で来たり、まづ管絃をぞ奏しける。*嶰竹(かいちく)の横笛、*泗浜の方磬、瑠璃の琴には*師子筋の絃を張り、黄金の柱(ぢ)を立てたり。琥珀の琵琶には珊瑚の甲、瑪瑙の腹、水精(水晶)の撥を添へたり。*鐘山鸞竹の篳篥(ひちりき)には白金の口に湘江の芦の葉を舌とせり。*へきかいたうの緑竹の笙には*鳳髄をもつて管を固め、玳瑁の太鼓を海馬(とどorせいうち)の皮にて張りたりけり。七宝の鋲を並べ栴檀木を撥(ばち)とせり。その外和琴・鶏婁(けいろう)・鞨鼓(かつこ)・せいく(鉦鼓か)・柷敔(しゆくきよ)・かくいん(?)・箜篌(くご)・銅拍子(どびやうし)・振鼓(ふりつづみ)・腰鼓もろもろの楽器を思ひ思ひに取り持ちて、奏し初める楽の名は、春の遊びに楽しみを極むる庭の*春庭楽、のどけき空の*糸遊(いとゆふ)に連れて散り飛ぶ柳花苑、梅が枝にほふ軒端には谷の鶯囀るを春鶯囀と名付けたり。玉の植木に咲く花の盛りは今ぞ後庭花、廻るや酒の廻杯楽、雲の上なる十天楽、聖の道を学ぶとはこれやまことに五常楽、恋路を知らする想夫恋、竜の都に名を得たる海青楽ぞおもしろき。命は尽きぬ万歳楽、齢久しき採桑老、舞人は誰ぞ裹頭楽、治まる御代の太平楽、時も移れば今は早や夜半楽をぞ奏しける。

(注)嶰竹=崑崙山の嶰谷に産する竹で作った笛。または曲名。

   泗浜=泗水の浜から採れる石。楽器の磬に用いる。

   師子筋=「華厳経」に「たとえば人ありて、師子の筋をもって、もって琴の絃と

    せんに、音声ひとたび奏するに一切の余の絃ことごとくみな断壊するがごと

    し。」とあるそうだ(未確認)。

   鐘山鸞竹=不明。篳篥の産地、竹の種類か。

   へきかいたう=不明。笙の産地か。以下の楽器・曲名には確認できないものがあ

    った。

   鳳髄=ハクビシンまたは雉の骨髄。

   春庭楽=以下「楽」などがつく三文字は雅楽の曲目。

   糸遊=春の晴れた日に蜘蛛の子が糸に乗じて浮遊する現象。

 舞楽もやうやう過ぎにければ、百味の膳を調へて孫子邈に勧めたり。*さしも故郷にては、竜馬の肝・熊の掌(たなごころ)・麞(くじか)の胎(はらごもり)・*猿の木取・猊(げい)の醢(ししびしほ)・人魚の炙り物とて味はひよき肉の類、また*東門竜蹄(りうてい)の瓜、*鶏心(けいしん)さいよう(盛陽?)の棗、*くわいこうの搗栗、*大宛の安石榴(あんせきりう)、*桑郎(桑落か)の名酒、*茘枝禄(れいしりよく)の酒などこそ、名高き物なりともてはやして、世には稀なるものぞかし。それにはあらで名をだにも知らぬ珍しき木の実、めでたき酒の味はひかなと、食するに従ひ飲むに従うて、心も晴れやかに身も軽く飛び立つばかりに覚えけり。

 すでに事終はり時移れば竜神座を立つて、ひとつの巻物を取り出だし、孫子邈に与へて、「君我が子の患へを癒し給ふ。報恩に薬の道を伝ゆるなり。よくこの方に従ふて人の病を癒し給へ。」とてまたひとつの巻物を開き、不老不死の薬の方をぞ授けける。

 今は御いとま申すとて、孫子邈立ち出でつつ時の間に海をしのぎわが家にこそ帰りけれ。すなはち竜宮の神方に従ひ、「千金翼方」と云ふ書を作りて名医の名を施しつつ、自ら不死の薬を服して天上に上りけり。

(注)さしも故郷にては=さすがに生まれ育った地(この世、故郷)では。「珍しい」

    と後に続くのが省略されたのか。

   猿の木取=猿の手足。

   東門竜蹄=東門は瓜の別称。竜の蹄は白瓜の別称。

   鶏心(けいしん)さいよう(盛陽?)=「故事類苑」に紹介する「本草和名」に

    は「・・・一名鶏心、・・・一名盛陽之霊芝・・・」とある。棗の種類。

   くわいこう=不明。搗栗に産地があるのか。

   大宛=中国西域の国。ここから石榴(ざくろ)は伝えられたという。ここまで書

    くと竜宮城が俗世を脱した理想郷というより、俗世の欲望の集積地といった感

    があり、描写として逆効果だと思うのであるが・・・

   桑郎 茘枝禄=桑郎、茘枝禄(ライチ酒か)は川口謙二氏の著述に酒の名前とし

    て載っているようだが未確認。「桑郎」は「桑落」なら「童蒙酒造記」に見え

    る酒の産地、酒の名。