religionsloveの日記

室町物語です。

不老不死③-異郷譚2ー

上 その三

 唐の時代に孫子邈(孫思邈、そんしばく)という者がいました。生来薬の道に詳しく、人の病を癒す方法にはこの上なく明晰でありました。その孫子邈がある時道を行くと俄かに空がかき曇り黒雲が四方に垂れこめて、夜の帳をおろすように暗くなり、墨を擦ったように視界は真っ暗で、漆黒となった雲の内から輝き出た稲光は、まるで火が降りかかったようでした。鳴り響く雷の音は、山も崩れ岩も砕けるようです。雨がしきりに降って土砂崩れするかと思われて、車軸を流すような大雨で孫子邈は心も動転しました。恐る恐る、生い茂るする木陰に隠れて難を避けようとすると、再び雷がパーンと鳴り響いて、何だかわからないのですが立ち寄った木の本にどうと落ちるものがありました。孫子邈は耳もつぶれる心地で、気が遠くなったのですが、心静めてじっと見ていると、雲は晴れ雨も止みました。

 そこに十四五歳と思われる左足を挫いたと思われる美しい童子がいて、孫子邈に向かって申します。「私は海中の竜宮世界に住んで、阿香竜王という者です。雲を起こして雨を降らして人間界の草木五穀を養う者です。今日もまた雲を起こしこれに乗って虚空を巡り下界に雨を施したのですが、思いがけず踏み違えて巌の上に落ちかかり左の足を挫きました。君よ願わくはこの怪我を治していただけないでしょうか。」と。孫子邈はそんなことは容易いことだと薬を与えたところ、忽ちその痛み癒えたのでした。

 童子は大いに喜んで、「とてもお世話になりました。このご恩に私の住む所にご招待いたしましょう。」と言って、孫子邈と連れ立って海のほとりに行ったところ、大海の水が二つに分かれて中に一つの道が現れました。その道をニ三里通り過ぎるかと思うと、一つの楼門にたどり着きました。銅でできた築地が高く峙って、数多くの七宝の幢幡が立ち並んでいました。門の内に入って見ると、黄金の砂が敷かれて瑠璃の石畳が長く続いています。さらにその奥に入ってみると、棟数三十六ほどの建物が並び立ち、廊から廊へと繋がれていて、そのものものしさはいいようもありません。鳳を象った甍は高く峙って、虹霓を模した梁が長く横たわっています。鴛鴦の瑠璃の瓦は、整然と並び、天空には銀の網が張られ四天の楼台には七宝の花が供えられ、幢が立てられています。宮殿楼閣には幾重にも珊瑚の垂木・瑪瑙の長押・水晶の欄干が並んでいます。それぞれに黄金の鐺(こじり)があります。銀の階・瑠璃の大床の綺麗美妙であることはいいようもありません。硨磲(しやこ)の簾に琥珀の縁(へり)を縫いつけて、真珠の瓔珞を垂れさせています。沈檀の名香の空薫(そらだき)の香りが奥ゆかしくいいようもございません。半分ほど巻き上げてある簾の内を見るとば螺鈿の曲彔(きよくろく)には豹・虎の毛皮を懸け、蜀江の錦や呉郡の綾といった美しい掛け物が施された褥や床もあります。その傍らには諸々の音楽の楽器、数限りなく並び立ててあるのです。

 三番目の楼閣は遊覧の時の御殿と見えて、庭には金銀の砂を敷き四季のありさまを目の前に展開します。

 東は春の景色で、軒端に近い梅が枝の花は、去年降った白雪が消えずに色を残しているのか疑われ、その匂いを愛でて鶯が、谷の扉を出て来て、声も耳新しく鳴いています。寒さの名残りの薄雪に、衣を重ねてしのぐように、着て更に着る如月(きさらぎ)ではありませんが、如月になると、山は霞がたなびいて、岸の青柳が芽を張る時に、その「目も遥る」ではありませんが、目も遥かに見渡しますと、ほころび初める桜の花は、もう盛りは遅いと残念がっているようです、松に懸った藤の花は、春の名残りを惜しがっているようです。

 南には夏の時を得て、立石の庭園の遣り水は水底清く、汀に生えるかきつばたは、色もひとしお濃紫で、花の匂いはとても奥ゆかしいのです。御殿に上がる階段のもとにある薔薇まで自分の出番を知っているように得意そうに咲いているのは麗しいことです。垣根に咲いている卯の花は、月か雪かは知りませんが、白妙と見える曙のくっきりした横雲の内から名乗るように鳴くほととぎすは、千載集や源頼政の歌ではありませんが、沼の岩垣が水をせきとめて、五月雨が文目(あやめ)のように乱れ流れるですが、そのあやめのように咲き乱れ、古今集の「五月待つ」の歌ではありませんが昔の跡を偲べとでしょうか、花橘の香りがにおっています。沢辺に乱れ飛ぶ蛍よ、「おまえも思いの火がから、身を焦がすのだろう」と詠まれた夕間暮れ、梢の涼しい蝉の声、その蝉が脱皮していくのも風情があります。

 西には秋の風が冴えて、萩の花が散る籬には、えもいわれず揺れてくねる女郎花。誰を招くのだろうか花薄。尾花は荻原にそよいで、声重げな蜩が、音を吹き送る夕嵐。風が吹いても散らない白菊の花に引き続き紅葉葉が、時雨に染まって薄く濃く見える風情です。むらがり乱れる雲の間から、漏れ出る月の影は冴えて、夜寒になると小牡鹿(さおじか)がが、妻を恋う声もぞっとするほどで、虫の音もまた弱っていきます。そのしみじみとした情感は秋が他の季節より優っているといえましょう。

 北には冬の空寒く、いとおしげに鷗が羽を交わして温め合います。霜の夜にはさぞや侘びしくしているのでしょう。薄が枯れていく焼野に降り積もる雪は深く、友を訪ねる道も埋もれて、軒の筧の水も氷っています。

 これを見、あれを見るにつけても、まったく見飽きない景色です。これはいったい天地の外なのだろうか、どのような国なのだろう、と思う心にも自然とこの上ない楽しみを感じるのでした。

 東には黄金の日輪を白銀の山の上に三十余丈の幢幡(はたほこ)の上に懸け、西には白銀の月輪を黄金の山の上に三十余丈の幢幡の上に懸けています。門には不老門、殿には長生殿と書かれた扁額が懸けられておます。その美妙綺麗で荘厳な飾りつけは心も言葉も及ばないものです。

原文

 ここにまた*孫子邈と云ふ者あり。自づから薬の道に心賢く、人の病を癒すにその*発明なることいふばかりなし。ある時道を行くに俄かに空かき曇り黒雲四方に垂れ覆ひつつ、衾を垂れて墨を擦りなしたるごとく方角も見えず、ただ暗闇になりて雲の内より輝き出でる稲光は、さながら火の降りたるに似たり。鳴りはためく雷の音は、山も崩れ岩も砕くるがごとし。雨しきりに降りて*うつすかと覚え、車軸を流しつつけしからず、*心動転し侍り。孫子邈、肝魂も失する心地して、繁りたる木陰に立ち寄りけるに、また雷はたはたと鳴り響きて、何とは知らず立ち寄りたりける木の本にどうと落つるものあり。孫子邈は耳もつぶるる心地して、心も遠くなりにけるが、思ひ静めて見ゐたれば、雲晴れ雨も止みにけり。

 ここに十四五ばかりと見えつる美しき童子左の足を傷みけるよと思しきが、孫子邈に向かふて申しけるは、「我はこれ海中の竜宮世界に住みて、*阿香竜王と云ふ者なり。雲を起こし雨を降らして人間界の草木五穀を養ふ者なり。今日もまた雲を起こしこれに乗りて虚空を巡り雨を下界に施すところに、思ひがけず踏み違へて巌の上に落ちかかり、左の足を損じ侍り。君願はくはこの患へを癒して給はれ。」と云ふ。孫子邈それこそ易き事なれとて薬を与へしかば、忽ちその痛み癒えにけり。

(注)孫子邈=孫思邈。中国唐代の医者、道士。薬王とも称される。孫思邈は蛇を助け

  て龍宮に行き、龍王から30種類の製薬の方法を教わったという説話が「続仙伝」に

  あるという。未確認。

   発明=賢いこと。聡明。利発。

   うつす=「雨をうつす」の表現は未確認。震動する、土砂崩れする、の意か。

   心動転し=本文「したらてんし」。「室町物語大成」の傍注により改めたがよく

    わからない。

   阿香竜王=「阿香」は晋代に雷を推したと伝えられる少女。また、雷の別称。ど

    こかで伝承が交錯したのか。

 童子大きに喜び、「いざやこの大恩に我が住む所を見せ奉らん。」とて孫子邈とうち連れて海のほとりに赴きければ、大海の水両方に分かれて中に一つの道ぞ出来たる。その道を行き過ぐることニ三里にやなりぬらんと覚えしかば一つの楼門に着く。銅(あかがね)の築地高く峙ち七宝の幢(はたほこ)多く立て並べたり。門の内に入りて見れば、黄金の砂を敷き瑠璃の石畳を引き延(は)へたり。猶その奥に入りて見るに、棟数三十六相並び廊より廊に伝ひて夥しき事いふばかりなし。*鳳の甍高く峙ちて虹の梁(うつはり)長く*のえふしたり。鴛鴦の瑠璃の瓦面を乱れず、空には銀(しろかね)の網を張り四天の台(うてな)には七宝の花・幢を立てたり。宮殿楼閣重々なる珊瑚の垂木・瑪瑙の長押・水晶の欄干には黄金の*鐺(こじり)あり。銀の階・瑠璃の大床綺麗美妙なることいふばかりなし。硨磲(しやこ)の簾に琥珀の縁(へり)を縫ひ、真珠の瓔珞を垂れたり。沈檀名香の空薫(そらだき)の香り奥ゆかしくいふばかりなし。半ばばかり巻き上げたる簾の内を見入りたれば螺鈿の*曲彔(きよくろく)には豹・虎の皮を懸け*蜀江の錦の茵・呉郡の綾の床あり。その傍らには諸々の音楽の器物(うつはもの)、数を尽くして立て並べたり。

(注)鳳の甍・・・=宮殿内外の描写が続く。このあたりは複数の類書を参照している

    のか、執拗とも思われるほどに形容を尽くしている。

   のえふし=「偃(のえふ、のひふ)す」か。平伏する。

   鐺=垂木などの端につけた金属製の飾り。

   曲彔=主として僧侶が使う椅子の一種。

   蜀江の錦・呉郡の綾=高級な織物とされるもの。

 第三の楼閣は遊覧の時の御殿とうち見えて、庭には金銀の砂を敷き四季のあり様目(ま)の前なり。

 *東は春の景色にて、軒端に近き梅が枝の、花は去年降る白雪の消えぬ色かと怪しまれ、匂ひに愛でて鶯や、*谷の扉(とぼそ)を離れ来て、声珍らかに鳴きぬらん、寒き名残りの薄雪に、衣を重ねて如月や、山は霞のたなびきて、岸の青柳*目も遥(はる)に、ほころび初むる桜花、盛り遅しと侘びぬらん、松に懸れる藤の花、春の名残りも惜しげなり。

 南に夏の時を得て、立石・遣り水底清く、水際に生ふるかきつばた、色も一入濃紫の、花の匂ひぞいとゆかしき、御階(みはし)のもとの薔薇(さうび)まで折り知り顔に麗しや、垣根に咲ける卯の花は、月か雪かと白妙に、曙著(し)るき横雲の、*うちより名乗るほととぎす、*沼の岩垣水こめて、あやめ乱るる五月雨に、昔の跡を偲べとや、花橘の香ぞ*聞こゆる、沢辺に乱れ飛ぶ蛍、*なれも思ひのあるにこそ、身を焦がすらん夕間暮れ、梢涼しき蝉の声、もぬけて行くも心あり。

 西には秋の風冴えて、萩が花散る籬には、さすがにくねる女郎花、誰招くらん花薄、尾花荻原うちそよぎ、声重げなる蜩の、音を吹き送る夕嵐、吹けども散らぬ白菊の、花より続く紅葉葉の、時雨に染めて薄く濃く、むらむら迷ふ雲間より、漏れ出づる月の影冴えて、夜寒になれば小牡鹿の、妻恋ふ声もものすごく、虫の音もはた弱りゆく、あはれは秋ぞ優りける。

 北には冬の空寒く、惜しや鷗の羽を交はして、霜夜やいとど侘びぬらん、焼野の薄枯れ枯れに降り積む雪の深ければ、こと問ふ道も埋もれて、軒の筧も氷(つらら)せり。

 これを見かれを見るにつけても、いとど見飽かぬ景色なり。こはそも天地の外にしてまたいかなる国ぞやと、思ふ心も自づから例しなき楽しみをぞ覚えたる。

 *東には黄金の日輪を白銀の山の上に三十余丈の幢幡(はたほこ)の上に懸け、西には白銀の月輪を黄金の山の上に三十余丈の幢幡の上に懸けたり。門には不老門、殿には長生殿と書きたる額をぞ懸けにける。美妙綺麗の荘厳は心も言葉も及ばれず。

(注)東は春の・・・=以下七五調を連ねている。掛詞も多用している。「蓬莱物語」

    にはない過剰さである。

   こそ=係助詞だとすると結びが見当たらない。あるいは「こそ降る」という単語

    があるのか。

   谷の扉=谷の戸。谷の入り口。「夜をこめて谷のとぼそに風さむみかねてぞしる

    きみねのはつ雪(千載・冬446)」

   眼も遥に=目の届く限り遥かに。「柳の芽も張る」に掛ける。

   うちより名乗る=「横雲の内」から名乗るのか、「横雲のうち」ではないが、

    「うち寄って」名乗る、と掛けたのか?

   沼の岩垣水こめて=「五月雨にぬれぬれ引かむあやめ草沼の岩垣浪もこそ越せ

    (千載和歌集169)や「五月雨に沼の岩垣水越えて何れかあやめ引きぞわづら

    ふ(源平盛衰記)」という源頼政のエピソードがある。

   聞こゆる=嗅覚に感じる。匂う。

   なれも思ひのあるにこそ=典拠があるか。

   東には・・・=実際の太陽や月があるのか、太陽や月を象ったものがあるのか。