religionsloveの日記

室町物語です。

蓬莱物語①-異郷譚1ー

 室町物語(広義でいう御伽草子)には異郷を扱った物語が多数あります。「中世小説の研究(市古貞次氏)」の分類では、「異郷小説」と呼びます。異郷そのものをテーマとしたものとしは、「蓬莱物語」「不老不死」がありますが、テーマは本地物だったり怪婚談だったりするものの、舞台が異郷に及ぶものは多くあります。

 「稚児物語」のように截然と分類できないジャンルですが、そのうちのいくつかを紹介したいと思います。「梵天国」「御曹子島渡り」「浦島太郎」「浜出」「さざれ石」は御伽草子で現代語訳も多く出ているので、それ以外のものを取り上げたいと思います。
第一

 昔から今に至るまで、すばらしい例として語り伝えますことは数多いのですが、その中でもとりわけ霊験あらたかなものは不老不死の薬です。それは年老いた容貌を引き戻して再び元の若い姿にし、もとから若い者は寿命をのばして容色は常盤木や松の緑のようにいつまでも変わらず、末永く命を保つのです。

 そもそもこの不老不死の薬が出たところを尋ねると、その由来は蓬莱山にあるといいます。しかしながらこの山は大海の中にあって、諸々の仙人が集まり住む所なのです。またこの山を藐姑射(はこや)の山とも名付けられています。中国ではその昔、五帝の第四にあたりなさる唐堯と申す帝が自らこの山に行幸なさって、四人の神仙に会いなさいました。仙人は大いに喜んで不老不死の薬を献上いたしました。

 唐堯は都へ帰る道すがら、帰ったら人に施し与えようと思し召しなさったけれども、この帝堯と申す方は、上代の聖人です。五常仁義礼智信)の道を正しく行い、天然自然の心理を尊んで、人を教化して世を治め、この道をあまねく伝えてなさって後々の世までも絶やすまいと、常に心にかけなさっている方でした。

 もしこの薬を人に与えて、寿命を長く保ち命が尽きなければ、この薬を頼みとして、ほしいままに世を乱し、五常の道を忘れて、天然自然の真理はやぶられてしまうだろう。そうすれば国家も乱れて、世の中が鎮まることもないだろうと考え、かねてから末の世を深く思い、遠く慮っていたので、この不老不死の薬を世に広めなさりませんでした。そして箱の中に隠して驪山という山の中に埋め隠しなさいました。その薬の徳のおかげで山中は大いに潤って、草木は夥しく繁茂しました。またこの薬の箱の上には黄精(鳴子百合)という草が生えました。後の世の仙人は、この草を手に入れて丹薬を練って服用したとかいうことです。これは長生不死の薬草で、今の世でも黄精は体を養生する三百六十種の草木の中の第一と定められています。

 さて、かの蓬莱山と申す山についていうと、ここから(この世から)南海に向かって三万余里の波濤を経ると、その次の大海は冥海と名付けられています。水の色は黒くて深さは限りありません。この故に黒海とも名付けれれています。風が吹くことはないのですが、波は常に高く上がり、漫々として満ち溢れていて、雲や煙のように立ち重なる波はその高さ百余丈、日夜まったく止むことはありません。当然のことながら舟も筏も通うことはできないので、人の世とは長く隔絶されていました。天仙神力の輩(ともがら)だけが思い通りに渡ることができるので、またこの海を天池とも名付けたとかいうことです。この冥海を渡って、また三万里を過ぎて蓬莱山の岸に到ります。

 この山が出現したその昔を推測すると、我が朝がおこる以前、唐土三皇の第一伏羲氏の御代のころ、大海の底に六匹の亀がいました。年劫を積み重ねてその大きさは一万里でした。ある時その六匹の亀が一か所に集まり、海中に漂っていた大きな浮き島を甲にのせて差し上げました。この浮き島は諸々の宝が集まった結晶で、綺麗美妙の名山です。波打ち際の岸より峰の岩間に至るまで、水晶輪の台(うてな)の上に瑪瑙・琥珀・金銀白玉色とりどりの宝玉が光り、まさに光明赫奕(こうみょうかくえき)と輝いていました。

 このようにしてできた山は年を経るうちに、草木が多く生えてきました。その草木のありさまはまったく人間世界の種類とは異なります。花が咲き果実の実る粧いは、色といい匂いといい、また味わいの素晴らしさといい想像も表現もできないほどです。上界では梵天国の大果報の徳を受け、下界では変幻自在に存在する竜宮城をもとに出現した山なので、どうしてこの世に類がありましょうか。その後不思議な獣、珍しい鳥が数々に出まれ出ました。角の形毛の色、翼の粧い鳴き囀る声はおのずから天地五行の徳に従うもので、五の調子が乱れないように調和が崩れることはありません。

原文

 昔が今に至るまで、めでたきためしに言ひ伝え侍る事、数々多きその中に、殊にすぐれて奇特なるは不老不死の薬とて、老いたる形を引き返し再び元の姿となし、もとより若き輩は齢(よはひ)を延べていつまでも変はらぬ色は常盤木や、松の緑の末永く、保つ命の限りなし。

 そもそもこの薬の出(いづ)る所を尋ぬれば、蓬莱山にありと言ふ。しかるにこの山は大海のうちにありて、諸々の仙人の集まり住む所なり。あるいはこの山を*藐姑射(はこや)の山とも名付けたり。唐土(もろこし)の古、五帝には第四にあたらせ給ふ*唐堯と申す帝、自らこの山に御幸(みゆき)して四人の神仙にあひ給ふ。仙人大いに喜びて不老不死の薬を奉り侍りけり。唐堯すでに都へ帰り給ひつつ、人に施し与へむと思し召しけれども、この帝と申すは、これ上代の聖人なり。*五常の道を正しくして、天理のまことを尊びつつ、人に教へて世を治め、この道を伝へ給ひ末の世までも絶えさじと、常に心にかけ給ふ。

 もしこの薬を人に与へ、齢久しく命尽きずば、この薬を頼みとしてほしいままに世を乱し、五常の道を忘れては、天理のまことを破るべし。しからば国家も乱れつつ、世の鎮まることあらじと、かねてより末の世を深く思ひ、遠く計りて不老不死の薬をば世に広め給はず。箱のうちに隠しつつ*驪山といふ山のうちに埋み置かせ給ひけり。その薬の徳故に山中大いにうるおひて、草木はなはだ栄えたり。またこの薬の箱の上には*黄精(わうせい)といふ草生ひたり。後の世の仙人、この草を取り得て丹薬を練りて服すとかや。長生不死の薬草にて、今の世までも黄精は命を養ふ三百六十種の草木の中の第一とす。

(注)藐姑射の山=邈(はる)か遠くにある姑射山。不老不死の仙人が住むという山。

   唐堯=三皇五帝は、中国古代の伝説上の帝王。唐堯(帝堯)には「鼓腹撃壌」の

    故事がある。

   五常儒教で人が常に行うべき正しい道。仁、義、礼、智、信。

   驪山=中国西安の東南にある山。麓に温泉があり、故事も多い。

   黄精=漢方薬。鳴子百合の根茎。強壮薬。

 しかるに、かの蓬莱山と申すは、これより南海に向かつて三万余里の波濤を経て、その次の大海をば冥海と名付けたり。水の色黒にして深きこと限りなし。この故に黒海とも名付けたり。風吹くことなけれども波常に高く上がり、漫々として湛へたれば、*雲のなみ煙の波その高さ百余丈、日夜さらに止むことなし。世の常のことには舟も筏も通ふことなければ、人間長く隔たりぬ。天仙神力の輩(ともがら)のみ心に任せて渡る故に、またこの海を*天池とも名付くとかや。かの冥海を渡ること、また三万里をうち過ぎて蓬莱山の岸に到る。

 この山始めて現れしその古を案ずるに、*我が朝その上唐土三皇の第一伏羲氏の御時に、大海の底に六の亀あり。年を重ね劫を積みてその大きさ一万里なり。ある時六の亀ひとところに集まり、海中に漂ふところの大山を甲にのせて差し上げたり。もとよりこの山は諸々の宝の集まりたりし精なれば綺麗美妙の名山なり。波打ち際の岸よりも峰の岩間に至るまで、*水晶(精)輪の台(うてな)の上に瑪瑙・琥珀・金銀白玉いろいろの玉の光り、さながら*光明赫奕たり。

 かくて年を経るままに、草木多く生出たり。その草木のありさまさらに人間世界の種にあらず。花咲き実る粧ひ、色といひ匂ひといひ、また味はひのうるはしきは心も言葉も及ばず。上には梵天の大果報の徳を受け、下には*竜宮の変化無方の所より現れ出でし山なれば、なじかはこの世に類あらん。その後あやしきけだもの珍しき鳥数々に出産す。角の形毛の色、翼の粧ひ、鳴き囀る声、自づから天地五行の徳に従ひ、*五の調子乱るることなし。

(注)雲のなみ煙の波=波の立ち重なっている様を雲にたとえていう。

   天池=天然の大池。海をいう。

   我が朝その上=私の解釈によると我が朝以前に中国王朝があったことになる。そ

    のような史観に立った人の作という事になるが、別解もあるか。

   水晶(精)輪=水晶でできた輪宝(車輪の形をした宝石)。

   光明赫奕=多くな光彩を放つさま。

   竜宮の変化無方の所=竜宮城が変幻自在に存在する宮殿という意味か。

   五の調子=五調子。唐楽、雅楽の調子。調和がとれているの意か。五調には頑丈

    の意味もある。