religionsloveの日記

室町物語です。

蓬莱物語②-異郷譚1ー

第二

 我が朝では神代の昔、天照太神が天の岩戸に閉じ籠もりなさって、国中が常時闇夜となってしまいました。その時八百万の神々が岩戸の前で嘆きなさって、「どうにかしてもう一度太神に岩戸からお出でいただきたい。」とさまざまなはかりごとをめぐらしなさいました。その時です、思兼命(おもいかねのみこと)申す御神がいました。深謀遠慮をめぐらして、天の香具山の真榊を根ごと岩戸の前に移し替え、上の枝には鏡を懸けて下の枝には白幣(しらにぎて)青幣を懸けなさり、庭に火を焚いて神楽を演じなさいました。別にはかりごとをくわだてて、常世の国から長鳴き鳥を求め寄せて、岩戸の前で鳴かせなさると、太神の御心はなだめられなさって、ふたたび岩戸からお出になられました。

 そういうことで、わが国で常世の国というのは蓬莱山のことなのです。長鳴き鳥と申すのは鶏のことです。この鳥は世の中に多いものでございますので、人は全く珍しいとは思いませんが、暁ごとに時を間違えず八声(たびたび)鳴くという、その霊験は他の鳥とは比べようもありません。まことに仙境の名鳥なので、神代でもやはり大切に扱われなさり、今に至るまで神社神社で鶏は飼いなさっているのです。

 また、垂仁天皇の御時に、田道間守(たじまもり)という臣下に仰せつけて常世の国の香菓(かくのみ)を求めさせなさいましたが、間守はすぐさま勅命を承って常世の国に出向いて香菓を求め得て帝にこれを奉りました。香菓と申すのは、今我が国に植え続けられて素晴らしいものともてはやされる橘のことです。右近衛の陣の前に橘を植えられなさったのもこの故と聞いています。

 さて、この世より天上には、太清宮・太玄宮・太真宮などというその昔、世界が始まった太古以来の、長生不死の大仙王・天帝の都があります。この内に住みなさっている天仙・飛仙の輩がはるかにこの山を御覧になり、「これは清浄な霊地である。」ということで、あるいは冥海の波を踏むこと陸地を行くがごとく、あるいは蒼々の空を駆けること鳥の飛ぶがごとく、天上より天下ってこの山に住みなさったので、十方諸国の仙人も皆この山に行き通って、楽しみを極めたとかいうことです。

 このようなわけで、天仙・飛仙の神力によって、七宝がちりばめられた宮殿楼閣が幾重にも重なるように、自然と出現したのです。十二の玉楼・九重の玄室があり、左には瑤(美しい玉)の池があり、右には翡翠の泉があります。池の内には五色の亀がいます。その他にさらに方壺・員岱・閬風・玉圃といった宮殿が軒を並べ楼閣は椽(たるき)を軋(きし)ませています。また、冥海の波の内に大蜃の蛤がいて気を吐いています。

 その気に従って蜃気楼となり五色の雲が空にたなびき、雲の上に三つの宮殿が現れます。鳳のような甍が高く聳え、虹(虹は竜の一種と考えられていた)のような梁が長く横たわっています。すべての宮殿楼閣は厳浄にして綺麗で言いようもないほどです。瑪瑙の柱・琥珀の長押・珊瑚の欄干・黄金の垂木、硨磲の簾には真珠の瓔珞を懸け、水晶の戸・玳瑁の垣・瑠璃の瓦が並んでいます。蘭麝・沈水の香の匂いは、永遠に絶えることはありません。

 庭には金銀の砂を敷き、池には八徳の水を湛えています。池の汀には鳳凰・孔雀・迦陵頻、その他音色も珍らしい諸々の鳥が集まって、羽先を並べて囀る声は、聞くと心が澄みわたります。咲き乱れている花の色や、たわわに実っている果実の匂いは、四方に薫り輝いて、全く比類ないものです。諸々の仙人が花に戯れ水に遊び、音楽を演奏しては舞楽を舞い、四種の肉芝(効能ある獣肉)・五色の更梨・火棗・水瓜などの果実を食し、玉醴・金漿などの天上の濃漿(こんず)の美酒を、玉の杯を傾けて誇らしげに楽しむ有様は例えようもありません。

 また、ひとつの楼台があります。栢(柏)梁台と名付けられています。高さ五丈の幡(はたほこ)の上に白金(銀)の盤があって天に向かって捧げられています。秋の夕べの白露を盤の中に受けとめて、これを練ると飴になります。これを用いて煉丹の君薬とするのです。また、青霜・玄雪といって雪や霜までもこの聖地のゆえでしょうか寿命を延ばす薬となるのです。

 また、一つの宮殿があります。七宝をちりばめて二重に軒を構へています。軒の上には額があり、長生殿と打ちつけられています。御殿の前には門があります。門の額には不老門と書いてあります。御殿の前には白い大椿(だいちん)が植えられています。「荘子・逍遥」に「八千歳を春として、八千歳を秋とする」と記されている長寿の木です。契り深いことの例えにも「八千世を籠めし玉椿変はらぬ色」と詠まれている歌の心もこれでしょう。その長生殿の内には不老不死の薬があります。これは天帝が管理なさっている所です。黄金の台の上の瑠璃の壺にお入れなさって、前には諸々の花を供え、常にうるわしい香を焚きながら、八人の天仙が日夜に番を務めて、門にはまた十六人の鬼神がいて、かたくこれを守るとかいうことです。

 この薬は匂いをあまねく四方に燻らせながら、雲路を指して遡るので、空には五色の雲がたなびき、そこには天人が常に影向(姿を現す)するということです。この薬を服すると容貌(かたち)はいつも若やかに年を取ることもなく、命も全く限りがないのです。ですから、中国の麻姑と云ふ仙女は、その昔継母の讒言によつて、年十五と申す時、父母の家を逃げて山に籠ったり女性ですが、自分で仙術を悟り得て、蓬莱山に到ってこの不老不死の薬をなめそうです。それから三百余年後、張重花という人が山中で行き合って、昔の事を語ってくれたそうですが、その時の顔形は全く昔と違わなかったということです。

 このように素晴らしい薬なので、聞く人聞く人羨んで求めようとするのですが、そのよすがは全くございません。

原文

 我が朝神代の古、天照太神の天の岩戸に閉ぢ籠もらせ給ひしかば、国の内常闇の夜となりにけり。その時八百万の神たち岩戸の前にして、これを嘆き給ひて、「いかにもしてふたたび太神を岩戸より出し奉らん。」とさまざまはかりごとをめぐらし給ふ。ここに、思兼(おもひかね)の命と申す御神あり。遠く思ひ深く計りて天の香具山の真榊を*根越にして、上の枝には鏡を懸け下の枝には*白幣(しらにぎて)青幣を懸け給ひ、庭火を焚き神楽を奏し給ひけり。またはかりごとをめぐらして、常世の国よりも*長鳴き鳥を求め寄せて、岩戸の前にて鳴かせられしに、太神の御心宥(なだ)まらせ給ひて、ふたたび岩戸を出でさせおはしましけり。

 *されば、常世の国と云ふは蓬莱山のことなり。長鳴き鳥と申すはこれ鶏のことなり。この鳥世の中に多きものにて侍れば、人さらに珍しからず思へども、暁ごとの時を違へず八声おとなふる、その奇特はまた余の鳥に比べ難し。まことに仙境の名鳥なれば、神代にも猶もてなし給ひ、今に伝へて社やしろに鶏は飼ひ給へリ。

 また、*垂仁天皇の御時、*田道間守(たぢまもり)といふ臣下に仰せて常世の国の香菓(かくのみ)を求めさせ給ふに、間守すなはち勅命を承り常世の国に行き向かふて香菓を求め得て帝にこれを奉りき。香菓と申すは、今我が朝に植えとどめてめでたきものにもてはやす橘のことなり。右近衛の陣の前に橘を植えらるるもこの故と聞こえたり。

(注)根越=根元から掘って植え替えること。

   白幣青幣=神に供える白や青の麻の布。

   垂仁天皇=第11代天皇

   田道間守=新羅王子天日槍の子孫。記紀に伝わる。

 しかるにこれより天上に、*太清宮・太玄宮・太真宮などとてその上、世界始まりしその古よりこのかた、長生不死の大仙王天帝の都あり。この内に住み給ふ天仙・飛仙の輩はるかにこの山をみそなはし、「これ清浄の霊地なり。」とてあるいは冥海の波を踏むこと陸地を行くがごとく、あるいは蒼々の空を駆けること鳥の飛ぶがごとく、天上より天下りこの山に住み給へば、十方諸国の仙人も皆この山に行き通ひて、楽しみを極むとかや。

 かかりければ、天仙・飛仙の神力によりて宮殿楼閣重々にして、*七宝をちりばめつつ、自づから出生せり。十二の玉楼九重の玄室、左には*瑤(たま)の池あり。右には*翠の泉あり。池の内には五色の亀あり。その他になほ*方壺・員岱・閬風・玉圃とて宮殿軒を並べ楼閣椽(たるき)を軋(きし)れり。また、冥海の波の内に*大蜃の蛤ありて気を吐く。

 その気に従うて五色の雲空にたなびき雲の上に三の宮殿あり。鳳の甍高く聳え、*虹の梁(うつばり)長く蟠れり。すべてあらゆる宮殿楼閣厳浄綺麗いふばかりなし。瑪瑙の柱・琥珀の長押・珊瑚の欄干・黄金の垂木・硨磲の簾には真珠の瓔珞を懸け、水晶の戸・玳瑁の垣・瑠璃の瓦を並べたり。蘭麝・沈水の香の匂ひ、とこしなへにして絶ゆることなし。

 庭には金銀の砂(いさご)を敷き、池には*八徳の水を湛へたり。池の汀には鳳凰・孔雀・迦陵頻、その他色音も珍らかなる諸々の鳥集まりつつ、羽先を並べて囀る声、聞くに心ぞ澄みわたる。咲き乱れたる花の色、*成りこだれぬる菓の匂ひ、四方に薫じ輝きて、類はさらにあるべからず。諸々の仙人花に戯れ水に遊び、楽を奏して舞をなし、四種の*肉芝・五色の*更梨・火棗・水瓜を食とし、*玉醴・金漿の天上の濃漿(こんず)の酒、玉の杯を傾け楽しみに誇る有様例へむかたはなかりけり。

(注)太清宮・太玄宮・太真宮=この三つの宮を列挙した用例は見つけられなかった。

   七宝=七つの宝玉。無量寿経では、金・銀・瑠璃・玻璃・硨磲・珊瑚・瑪瑙。法

    華経では、金・銀・瑠璃・硨磲・瑪瑙・真珠・玟瑰。

   天仙・飛仙=天に住む仙人、空を飛ぶ仙人。地仙に対していうか。

   瑤・翠=瑤は美しい玉、翠は翡翠か。

   方壺・員岱・閬風・玉圃=方壺は神仙が澄んでいるという海中の山三壺(方壺・

    蓬壺・瀛壺)のひとつ。員岱は不明。岱山(泰山)と関係があるか。閬風は

    閬風苑か。崑崙山にあり仙人のいるところという。玉圃は瑤圃か。玉の園、仙

    人の住んでいる所。玄圃。是も崑崙山にあるという。

   大蜃=蜃気楼を生み出す伝説上の生物。大はまぐりとも。

   虹=虹は竜の一種と考えられていた。雄を虹、雌を蜺といった。

   八徳の水=八功徳水。心身を養う八つの功徳を持つといわれる水。

   成りこだれぬる=たわわになる。なってしなだれる。

   肉芝=晋代道家の書「抱朴子」によると五芝(芝は薬効のある食べ物か)に石

    芝・木芝・草芝・菌芝・肉芝があって、その肉芝には①万歳蟾蜍②千歳蝙蝠③

    千歳霊亀④風生獣があるという。これをいうか。

   更梨・火棗・水瓜=交(更)梨・火棗は道教の書「真誥」によると食すと空を飛

    べる薬のようである。水瓜は西瓜か。五色だと他の二つは?

   玉醴・金漿・濃漿=玉醴・金漿はともに美酒。現代中国語では金漿玉醴は上質な

    ワインをいうらしい。濃漿は酒の異称。「真誥」によると玉醴・金漿も空を飛

    べるらしい。

 また、ひとつの台(うてな)あり。*栢(柏)梁台と名付けたり。高さ五丈の幡(はたほこ)の上に白金の盤ありて天に向かうて捧げたり。秋の夕の白露を盤の中に受け留めて、これを練るに糖(あめ)となる。これを用ひて*煉丹の君薬とせり。また、青霜・玄雪とて雪霜までもところからに命を延ぶる薬となる。

 また、一つの宮殿あり。七宝をちりばめて二重に軒を構へたり。軒の上に額あり、長生殿と打ちたり。御殿の前に門あり、門の額には不老門と書きたりけり。殿の前には*白大椿を植えたりけり。「八千歳を春として、八千歳を秋とする」と記したり。契り深き例へにも「*八千世を籠めし玉椿変はらぬ色」と詠みたりける歌の心もこれぞかし。かの長生殿の内には不老不死の薬あり。これ天帝の治め給ひし所なり。黄金の台の上に瑠璃の壺に入れ給ひ、前には諸々の花を供へ、常に名香を焚きつつ、八人の天仙日夜に番を務むれば、門にはまた十六人の鬼神ありて、かたくこれを守るとかや。

 この薬の匂ひあまねく四方に燻じつつ、雲路を指して遡れば、空には五色の雲たなびき天人常に影向す。この薬を服すれば容貌(かたち)はいつも若やかに齢傾くこともなく、命もさらに限りなし。されば唐土の*麻姑と云ふ仙人は、そのかみ継母の讒言によつて、年十五と申せし時、父母の家を逃げて山に籠りし女なり。自づから仙術を悟り得て、蓬莱山に到りつつ不老不死の薬をなめたり。それより三百余歳の後、*張重花と云ふ人に山中にして行き合ひつつ、昔の事を語りける、その時の顔形さらに昔と違はずとなり。

 かかるめでたき薬なれば、聞く人ごとに羨みて求むるといへどもたよりはさらになかりけり。

(注)栢(柏)梁台=漢の武帝が築いた楼閣に伯梁台という楼閣がある。

   煉丹=道士が辰砂練って作ったという不老不死の妙薬。

   青霜・玄雪=不明。仙薬の一種か。

   白大椿=白い大椿(だいちん)。「荘子(逍遥)」に「上古有大椿者、以八千歳

    為春、八千歳為秋」とある。

   八千世を・・・=謡曲「三輪」に同様の詞章がある。出典は「拾玉集(慈円)」

    の「君が代は春に春ある時ながら八千代籠めたる玉椿かな」。

   麻姑=二人の麻姑がいるようである。①「神仙伝」に見える中国神話に登場する

    仙女。長寿の象徴でもある。「孫(麻姑)の手」「滄海桑田」の故事が有名。

    蓬莱山を往来したという。②「列仙全伝」では五胡十六国時代後趙の武将麻

    秋の娘の麻姑は民を救い父の怒りを買い山に逃れ、仙女になったという。両者

    が混ざったものか。

   張重花=未詳。五胡十六国時代前涼の君主の張重華は前述の麻秋と闘ったこと

    があるが、蓬莱物語のエピソードにはつながらない。帝堯は名を重花といい、

    継子いじめというテーマでつながるという指摘がネット上で拝見した「継子の

    麻姑」(中前正志氏他二名)という論文にあった。素直に文脈を読むと張重花

    も三百歳以上という事になるから仙人の類だと思われる。「蓬莱山由来」は

    「蓬莱物語」とほぼ同じ内容であるが、張重花は王方平となっている。王方平

    は麻姑の兄である。兄妹が三百年ぶりに会うというのもどうか。