religionsloveの日記

室町物語です。

塵荊鈔(抄)⑫ー稚児物語4ー

第十二

 そうしているうちに法会の日にもなったので、庭の前には宝樹宝幡(金銀や玉で飾った木や幡)を立てて、堂内の荘厳(厳かな飾りつけ)は金銀をちりばめ宝石を磨いて飾りつけます。導師である師匠の大阿闍梨の相好(表情)は、まるで釈尊が威儀を正しているようで、従僧が出仕する様子は、阿羅漢のようです。仏を賛美する梵唄は雲を穿つように聞こえ、管絃の演奏は天に響くようです。僧たちの論談決択(仏道の奥義を議論する事)は深奥を究め、義理を尽くして行われます。三千坊の大衆たちは裹頭姿(袈裟で顔を包み目だけを出す事)でに出で立ち、三十二人の舞童は風に雪が舞うように巧みに袖を翻して舞います。幢幡や天蓋は嵐にはためいて、自在天の荘厳さを移たようで、沈香や白檀の薫りが庭に漂い、海のかなたの彼岸の芬芳たる香りのようです。そうしているうちに、三世の諸仏(三千の大衆をそのように形容したか)は釈迦や阿羅漢のごとき輝きを増し、今日の導師は母多羅観音菩薩のように臂威力が備わっているようです。実にこれは千載一遇、末法像法にはめったにない素晴らしい法会です。聴聞する道俗、結縁する貴賤、金の輿や玉の輦、銀の鞍や刺繍を施した轂(こしき=牛車)、門前は市を成すにぎわいで、堂上は花のように華やかです。難波や奈良の伶人(楽人)たちは、高麗・新羅の曲の限りを演奏するのでした。

 その舞楽のプログラムは次のように勘案されました。

 まずは左右の宴舞で奚婁鼓で「一曲」が舞われます。

 次いで、舞楽には、春鶯囀、団乾旋、賀殿鳥、廻杯楽、胡飲酒、北庭楽、酒胡子、武徳楽、菩薩照応楽、渋河鳥、陵王、壱徳塩、新羅陵王。

 平調は、林歌、三台塩、皇麞、万歳楽、慶雲楽、裹頭楽、想夫恋、五常楽、泔洲、倍臚、回忽、扶南、郎君子、小娘子、雞徳、勇勝、春楊柳。

 大食調は散手、武昌楽、打毬楽、長慶子、庶人三台、輪鼓、褌脱、賀王恩、秦王、破陣楽、還城楽、抜頭、王昭君

 双調は、春庭楽、柳花園、地久、白浜、蘇志摩、登天楽。

 黄鐘調は、喜春楽、赤白桃李花、海生楽、長生楽、聖明楽、弄殿楽、赤白蓮華楽。

 盤渉調は、蘇合香、万秋楽、宗明楽、蘇莫者、鳥向楽、採桑老、輪台、青海波、白柱、竹林楽、千秋楽、越殿楽、感秋楽、雞鳴楽。

 壱越調は、高麗曲、新鳥蘇、古鳥蘇、皇仁庭、狛鉾、敷手、阿夜岐利(綾切)、仁和楽、延喜楽、長保楽、崑崙八仙、新勒鞨、胡蝶、帰徳、納蘇利。

 神楽の名。庭燎、韓神、宮人、木綿志天(ゆふしで)、階香鳥(しなかとり)、薦枕(こもまくら)、志津夜乃、磯等崎、小菅、篠浪、葦原田、上巻、大宮、湊田、蛬(きりぎりす)、早歌、浅闇、其駒、明星、由不(綿)作、昼目、弓立、風俗、足柄、古柳、今様。

 催馬楽。安尊(あなたふと)、梅が枝、桜人、美濃山、石川、葦垣、葛木、山背、真金吹(まかねふく)、本滋(もとしげき)、藤生野、婦我(いもとわれ)、鈴鹿河、奥山、浅緑、席田(むしろだ)、御馬草、竹河、此殿(このとの)、倉垣、総角(あげまき)、田中井戸、長沢、鏡山、高嶋、婦門(いもがかど)、高沙古、夏引、貫河、飛鳥井、東屋、走井、青柳、伊勢の海、我門(わがかど)、差櫛、衣替、鶏鳴(とりはなきぬ)、難波海、沢田河。

 以上、調子品玄は、風香調、追風調、黄鐘調、追黄鐘調、清調、双調、平調、啄木調です。

 

 四十五代聖武天皇の御宇のことです。林邑国(チャンパ=ベトナム南部にあった国)に大いなる慈悲心をお持ちの僧仏哲という方がいらっしゃいました。衆生の貧しさ乏しきを憐れんで、海に入って竜王が持つという如意宝珠を求めて、救済しようとしました。そこで舟に乗って南海に船出し、呪力をもって竜王を呼び出しました。竜王は波の上に現れました。そこで呪力で竜王を緊縛し宝珠を出せと要求しました。竜王は髻(もとどい)を解いてその中の珠を仏哲に授けるふりをしました。仏哲は、右の手に剣印を結んで、左の手を差し伸べて受けようとしました。すると竜王は言いました。「昔、竜女は釈尊に宝珠を献上した。釈尊は合掌して受けなさった。像法・末法仏弟子は片手でこれを受けなさるのか。」と。仏哲はそこで印を解いて合掌しました。竜王はその時に印が解けるのを見て、呪縛から脱して再び海に入って永らえたそうです。仏哲は空しく珠を得られなかったばかりでなく、舟も大破したそうです。その時、婆羅門僧の菩提僊那と海中で出逢い、仏哲はこのなりゆきを語り菩提に師事しました。やがて仏哲は菩提に伴われて来朝したのです。天平八年丙子七月の事です。本朝の楽部の中にある菩薩舞・抜頭舞などは林邑楽で、仏哲が伝えたものです。

原文

 さる程に会式の日にもなりしかば、庭前には宝樹宝幢を立て、堂内の荘厳、金銀を縷(ちりば)め珠玉を磨く。導師大阿闍梨師匠の僧正の相好、凡そ釈尊の威儀の如く、従僧出仕の気色、羅漢に斉(ひと)し。*伽陀梵唄は雲を穿ち、*糸竹呂律は天に響く。論談また淵底を究め、決択尤も義理を尽くす。三千坊の大衆は*裹頭に出で立ち、三十二人の舞童は回雪の袖を返す。幡蓋嵐に飄へして、自在天の荘厳を移し、沈檀砌に薫じて海彼岸の芬芳に類す。然る間、*三世の諸仏は*遮迦羅眼の光明を増し、今日の導師は*母多羅(左にノフトク也と傍書)臂威力を添ふ。寔(まこと)に是れ千載の一遇、*季像の勝会なり。聴聞の道俗、結縁の貴賤、金輿玉輦、銀鞍繍轂、*門前市を成し堂上花の如し。難波・奈良の*伶人ども、高麗・新羅の曲を尽くす。

 其の舞の目録を*勘ふるに、

 左右の宴舞一*奚婁。

 *舞楽には、春鶯囀、団乾旋、賀殿鳥、廻杯楽、胡飲酒、北庭楽、酒胡子、武徳楽、菩薩照応楽、渋河鳥、陵王、壱徳塩、新羅陵王。

 *平調は、林歌、三台塩、皇麞、万歳楽、慶雲楽、裹頭楽、想夫恋、五常楽、泔洲、倍臚、回忽、扶南、郎君子、小娘子、雞徳、勇勝、春楊柳。

 *大食調は散手、武昌楽、打毬楽、長慶子、庶人三台、輪鼓、褌脱、賀王恩、秦王、破陣楽、還城楽、抜頭、王昭君

 *双調は、春庭楽、柳花園、地久、白浜、蘇志摩、登天楽。

 *黄鐘調は、喜春楽、赤白桃李花、海生楽、長生楽、聖明楽、弄殿楽、赤白蓮華楽。

 *盤渉調は、蘇合香、万秋楽、宗明楽、蘇莫者、鳥向楽、採桑老、輪台、青海波、白柱、竹林楽、千秋楽、越殿楽、感秋楽、雞鳴楽。

 *壱越調は、高麗曲、新鳥蘇、古鳥蘇、皇仁庭、狛鉾、敷手、阿夜岐利(綾切)、仁和楽、延喜楽、長保楽、崑崙八仙、新勒鞨、胡蝶、帰徳、納蘇利。

 *神楽の名。庭燎、韓神、宮人、木綿志天(ゆふしで)、階香鳥(しなかとり)、薦枕(こもまくら)、志津夜乃、磯等崎、小菅、篠浪、葦原田、上巻、大宮、湊田、蛬(きりぎりす)、早歌、浅闇、其駒、明星、由不(綿)作、昼目、弓立、風俗、足柄、古柳、今様。

 *催馬楽。安尊(あなたふと)、梅が枝、桜人、美濃山、石川、葦垣、葛木、山背、真金吹(まかねふく)、本滋(もとしげき)、藤生野、婦我(いもとわれ)、鈴鹿河、奥山、浅緑、席田(むしろだ)、御馬草、竹河、此殿(このとの)、倉垣、総角(あげまき)、田中井戸、長沢、鏡山、高嶋、婦門(いもがかど)、高沙古、夏引、貫河、飛鳥井、東屋、走井、青柳、伊勢の海、我門(わがかど)、差櫛、衣替、鶏鳴(とりはなきぬ)、難波海、沢田河。

 *調子品下、風香調、追風調、黄鐘調、追黄鐘調、清調、双調、平調、啄木調。

 

 四十五代聖武天皇の御宇、*釈仏哲、林邑国の人大慈ありて、衆生の貧乏を愍(あはれ)み、海に入り如意宝珠を索めて、*賑済を行はんと欲す。便ち舟に乗り南海に泛び、呪力を以つて竜王を召す。竜王波の上に出ず。乃ち呪縛して珠を索む。竜*髻珠を解いて哲に授けんとす。哲、右の手に剣の印を結び、左の手を舒べ之を受く。竜紿(あざむ)いて曰く、「昔、竜女釈尊に献ず。釈尊合掌して受け給ふ。像末の弟子隻手に之を受け給ふか。」と。哲印を解きて合掌す。竜時に印を解くるを見て、縛脱して海に入る。哲手を空しくす、舟また破る。此の時婆羅門の*菩提海中に逢ひ、哲此の事を語る。菩提と伴い来たる。天平八年丙子七月なり。本朝楽部の中に菩薩抜頭等の舞、林邑の楽なり。仏哲の伝ふる所なり。

(注)伽陀梵唄=仏を賛美する歌。

   糸竹呂律=楽器演奏。

   裹頭=僧侶が袈裟で頭から顔を包み、眼だけ出した装い。僧兵の装束。寔

   回雪の袖=雪が舞うように翻る袖。

   三世の諸仏=三世三千仏。現在過去未来にいる三千の仏。すべての仏。「今日の

    導師と対句になっている。そのままにとると意味が分かりずらい。「三千の大

    衆」を比喩として表現したととるのは無理があるか。

   遮迦羅眼=不明。釈迦羅漢か。そのように解釈しておく。

   母多羅=仏母である多羅観世音菩薩か。女身の菩薩。だとすると傍注の「野太

    く」とは合わない。「臂威力(腕力)」を添えるというのも変である。

   季像の勝会=「勝会」は盛大な法会。「季像」は「末法・像法」の意か。

   門前市を成し=「綺羅充満して堂上花の如し。軒騎群集して門前市をなす。(平

    家物語・巻一・我身栄花)」は類似の表現。

   伶人=音楽を演奏する人。楽人。

   勘ふる=舞のプログラムを考えてこのようにした、ということか。もしくは語り

    手の小座頭が推測するに、の意か。以下の曲は百五十くらいあり、玉若が夢で

    告げた百二十帖には合わない。

   奚婁=法会で行道(練り歩く事)に次いで奏される「一曲」に用いられる鼓。

   舞楽=舞を伴う雅楽。とすると、平調以下は管絃のみの演奏か。それでは玉若の

    夢に依頼に合わない。雅楽に詳しい方のご教示が頂けたら幸いです。

   平調・・・=以下の調は雅楽の唐楽の六調子。

   神楽=神楽歌。

   催馬楽=歌謡の一種。律と呂に分かれる。

   調子品下=調子品玄か。雅楽(琵琶など)の演奏法を列挙しているようである。

   釈仏哲=仏哲。林邑出身で聖武天皇の御代に渡来し、林邑楽を伝えたという。

   賑済=金品を施して被災者や困窮者を救う事。

   髻珠=竜王の髻(もとどり)の中にあった如意宝珠。「如意宝珠」は一切の願い

    が意のままにかなえられる不思議な珠で、「法華経提婆達多品第十二」で

    は、竜女が釈迦に献上して、そのおかげで男子に変成し仏になったという。

   菩提=菩提僊那南インドバラモン階級出身。弟子の仏哲と共に遣唐使と一緒

    に来日した渡来僧。