religionsloveの日記

室町物語です。

花みつ⑤ー稚児物語3ー

下巻

その1

 しばらくして花みつ殿は、「言い出すにつけても、それぞれのお思いになる事を考えると、恥ずかしくは思いますが、私が今父上に憎まれていることをつくづくと思うと、父の寵愛が月みつに変わった事は無念です。私にとって月みつは仇のようなものです。どうか月みつを討ってはくださいませぬか。私にとってこれこそ何よりもうれしい事です。」とおっしゃるので、二人の法師は茫然として、どうにも返事ができず、困惑に赤面していたのだった。

 その時花みつ殿は、「そうでしょう。初めから御承諾なさらないだろうと思っていましたが、命であっても差し上げましょうと言われたので、大事の事を語り出したのですが、無念のことです。きっと人にも漏らすでしょう。そうすれば山中に噂が広がり、弟を討とう企てした者よと指弾され、父にもまた漏れ聞こえたならば、どのような責めに遭うでしょう。このように打ち明けたならば、とても命を永らえられそうもありません。どこかの川淵へ身を沈めましょう。」と恨み言をいうので、二人は、「まことに我々が引き受けなければどんな事態になるだろうか。こうなったら引き受けるしかあるまい。」と思い、二人は目と目を見合わせ、「こうなったのはまことに月みつ殿がいらっしゃったせいですので、私たちがやすやすと討ち取ったならばその後は、御身も心穏やかで、父君も花みつ殿を大切に思いなさるだしょう。よくぞ御決心なさいました。」と励ますので、花みつは嬉しそうに、「ということは御承諾なされたのですね。きっと思慮のない無茶な事だとお思いになっているだろうと、御心の内を推察しますと恥ずかしい事です。賢才の弟を討って、自分はこの世に生きようとはあさましい心だとは思います。さりながら、恨むべきものを恨まないのは後世の障りとなる、とも申しますので、討ち取った後は亡き跡を弔ってやりましょう。」とおっしゃるので、二人の人は、「それではどのようにしてその人を討つのですか。」と申し上げると、「無慙な事に私はこのように悪心を抱いているが、月みつは弟ではあるが健気で、私が母上と死に別れた後は、ことに睦まじく常に私の部屋にやった来て、様々に慰めてくれました。きっと今宵もやって来るでしょう。その時に私は隠れていて逢わずに帰しましょう。その時に討ちなされば何の問題もございません。」とおっしゃるので、二人の法師は、「まことにもっともな計略です。」と言って、十分に示し合わせて、夜も明けたので面々帰っていった。

 その日が暮れるのはあっという間で、次第に約束の時分になっていったので、二人の法師は打ち刀を脇に隠し持って、花みつ殿の部屋の前にある木陰に立ち隠れて、今や今やと待っていた。

 十六日の事であったので、暮れなずむ夕闇に、月がほのぼのと射して出るころに、十四五歳ほどの稚児が紅の袴をはいて、薄絹を髪にかけて、月を背後にして歩んでいなさる。二人はこれを見て、「ああ、法師の身として人と睦まじくなる事は筋の通らないことだ。花みつ殿に頼まれなければ、これほどに艶やかな稚児を討とうと思うだろうか。そうはいっても花に変えて月を見るように、花みつ殿に変えて月みつ殿をまたも見ては未練が残る。」と思い切って来るのを待っていたが、今や今やと思ううちに、しばし時は過ぎて行った。

その2

 侍従は、「時が過ぎると悲しさも余計募るので、私が走りかかって抱き止めた所を、大夫よ、ただ一太刀に刺し殺しなされ。」と言ってまさに駆け出そうとしたが、余りのつらさにとどまって、その後ろ姿を見ていると、「ひどく露に濡れそぼっている月みつが西の山の端に消えていくのに、その月の光を妨げるように浮雲がかかるごとく討手があろうとは知らないで、死出の道に入りなさりことだ。」といたわしく思える。まことに兄弟であって花みつ殿によく似なさっている事が気の毒で、殺そうとしていたことも忘れて、ただ涙に暮れていた。

 稚児はこのような状況は知らず、しずしずと縁に上がり、蔀に寄り添って、優雅な声で、「もしもし、花みつ殿。」とニ三度呼びなさったが、中からは答える者はいない。稚児は暫く佇んでいなさって、「どこへ行かれたのか。」と独り言ちて帰りなさろうとした所を、大夫が走り寄ってむんずと抱いて押し伏せた。侍従も思い切って、腰の刀をするりと抜いて、肘の関節のあたりを二刀刺して激しく突き捨て、急いで逃げ帰り、「ああ辛いことだなあ。法師の身で稚児を殺すことなど、先にも後にもこれが初めだろう。」と深く嘆息している所に、暫くして、「これはどうしたことだ。月みつ殿が殺されなさった。」と騒ぎが起こって人々が集まっているのを聞き、「我ら二人の仕業であるのに。」とひどく切なく思い聞いている所に、また騒然として言っているのは、「いやこれは花みつ殿ではないか。いかなる者の仕業であろう。」と大声で叫んでいる。大夫・侍従はこれを聞いて、「我々は月みつ殿を討ったというのに、この明るい月夜に見分けることもできないとは愚かな事だ。」としばらく部屋にいたが、「どれほどか大夫・侍従は嘆くであろう。この者たちは影のように身に添っていたのに、今宵に限ってどこへ行ってしまったのだろう。」と口々に言うので、胸騒ぎがして走り出て、「どうしたのですか。」と尋ねると、「いや、花みつ殿を何者だろうか、たった今ここで刺し殺したのだが、別当の御坊へご遺骸を引き取りなさったのだ。」と申したので、余りに不思議で行って見ると、狭い部屋で別当は花みつの頭を膝に載せて、「さあ、十歳の、春の頃から岡部殿からお受けいただいて十六の今に至るまで、三日として里に帰らせずに、慈しみなさっていて、母御前が亡くなっていなさっていたので、法師にしてこの寺を譲り、菩提をも弔わせようと思っていたのだが、どの人の仕業で、この花みつを殺したのか。老い衰えている我を残して先立ちなさるは恨めしいことだよ。」と声も惜しまず泣きなさる。

 月みつ殿も、死んだ兄に取りついて、「どうして花みつ殿、私を一人この世に留め置き、どうなれとどこへお行きなさるのか。今日先立たれて、この先いつの世にか会いましょうぞ。」と悶え恋しがりなさると、大夫も侍従も呆然として何も言うこともできず、死骸の側に寄り添って嘆くばかりであった。

原文

その1

 しばらくありて花みつ殿、「申し出だすにつけて、面々の御心の内恥づかしく侍れども、我今父に憎まるる事をつくづくと思ふに、月みつに思ひ変へられけると思へば無念なり。我がために仇なれば、月みつを討ってたび給へ。これこそ何よりもってうれしく侍らん。」とのたまへば、二人の法師あきれ果て、とかくの御返事も申さず、赤面してこそ居たりけれ。

 その時花みつ殿、「されば初めより頼まれ給はじとは思ひつれども、命なりとも給はらんと聞こえしにより、大事の事を語り出だして口惜しさよ。定めて人にも漏らし給ふべし。さあらば一山のうちにも聞こえ、弟を討たんと企みたる者よと指を指され、父にもまた漏れ聞こえなば、いかなる責めにか遭ふべき。かく申す上は、とても命を永らへんとも思はず。いかなる淵川身を沈めん。」と恨み給へば、二人思ふやう、「げにも頼まれずはいかなる事か出来なん。所詮頼まれ申さではかなはじ。」と思ひ、二人目と目を見合はせ、「これはまことに月みつ殿のおはします故なれば、やすやすと討ちて後は御身も心安く、父も大切に思ひ給ふべし。よくも思ひ立ち給ふかな。」と*勇めければ、花みつうれしげにて、「さては頼まれ給ふべきや。さこそ不得心なるものと思し召し候はんと、御心の内の*恥づかしさよ。*けんさいの弟を討ちて、我が世にあらんと思ふ心のあさましさよ。さりながら、恨むべきものを*恨みねば、後の世の障りとなると申し候へば、討ち取って後は、跡をば訪ふてとらすべし。」とのたまへば、二人の人、「さていかにしてかの人を討つべき。」と申しければ、「無慙やな。我こそかかる悪心を差しはさめ、月みつは弟なれども頼もしく、我が母上に別れし後は、ことさら睦まじく、常に我が部屋へ訪ね来たり、色々慰め申すなり。さだめて今宵も来たるべし。その時我は隠れ居て会はで返へさん所を討ち給はば、何の子細のあるべき。」とのたまへば、二人の法師、「げにもっともの謀(はかりごと)なり。」とて、よくよく示し合せ、夜も明けければ面々に帰りけり。

 その日の暮るるは*刹那のほどにて、やうやう約束の時分にもなりしかば、二人の法師用意しける*打ち刀脇に*かいこうて、花みつ殿の部屋の前なる木陰に立ち隠れ、今や今やと待ち居たり。

 十六日のことなれば、たそがれ惑ふ夕闇に、月は山の端よりほのぼのと射し出でけるに、十四五ばかりの児の紅の袴を着て、*薄絹髪にかけ、月を後ろにして歩み給ふ。二人これを見て、「あはれ、法師の身として人に睦ましきはあやなき事ぞかし。花みつ殿に頼まれずば、かくまで艶やかなる児を討たんと思ふべきや。されども、花には代えし月の影、またも見るこそ名残りなれ」と、思ひ切ってぞ待ちけるが、今や今やと思ふうちに、暫く時をぞ移しける。

(注)勇め=励ます。元気づける。「諫める」とひらがなで書くと同じなので混乱す

    る。

   恥ずかしさ=立派さ。感心である。

   けんさい=「現在」もしくは「健在」「賢才」か。

   恨みねば=恨まないならば。「恨む」は下二段活用で、「恨み」は未然形。

   刹那の程=あっという間。

   打ち刀=相手に内当てて切ることを目的とした刀。刺すことを目的とした腰刀よ

    りも刃渡りが長い。鍔刀。

   かいこうて=「掻き籠うて」か。包み隠しもって。

   たそがれ惑ふ=「暮れなずむ」の意か。用例が見つからない。

   薄絹・・・=ヴェールをかけて月光を背にするのは、自身が花みつと悟られない

    ための演出。「花月」「月花」では顔がはっきりとわかり、花みつかと思う

    が、稚児が花みつの部屋を叩き、留守だと思って帰るという演技をしたので、

    「これは花みつではなく、花みつを訪れたつきみつだろう。」と判断した、と

    いう設定である。「花みつ」の方が、月を背後にヴェールをかけている効果が

    表れているように思う。

その2

 侍従言ひけるは、「時の移るも悲しければ、某走りかかり抱き止めん所を、ただ一刀に刺し殺し給へ。」とて、すでに走りかかりけるが、あまりに情けなさに、御後ろ影を見るに、「いとど露けき月みつの、消えゆく西の山端の、思はぬ方に*浮雲のかかるべしとは知らざるに、*無常の道に入り給ふ。」といたはしく見るよりも、げにも兄弟とて、花みつ殿の後ろ影によく似給へる事のいとほしさに、殺さん事をうち忘れ、ただ涙に暮れてぞ居たりける。

 児はかくとも知らず、しずしずと縁に上がり、蔀(しとみ)に立ち添ひて優しき声にて、「なふ花みつ殿。」と二つ三つと呼び給へども、内より応ふる者もなし。しばし佇み給ひ、「いづかたへか行かせ給ふ。」と独り言して、帰り給はんとし給ふ所を、*大夫走り寄りむずと抱いて押し伏せたり。侍従も思ひ切りたりとて、腰の刀をするりと抜き、*肘の懸りを二刀刺して、かつぱと突き捨て急ぎ走り帰り、「あはれ、物憂きことどもかな。法師の身にて児を殺す例(ためし)昔も今もこれや初めならん。」と大息をつきて居たる所に、しばしありて、「こはいかに、月みつ殿の殺され給ふ。」と騒ぎ立って、人々集まりけるを聞き、「我ら二人が業なるものを。」といとどあはれに聞きける所に、また騒ぎ立つと言ひけるは、「いやこれは、花みつ殿にてありけるにや。いかなる者の仕業なるらん。」と呼ばはりければ、大夫・侍従これを聞き、「我らは月みつ殿をこそ討ちたるに、この月の夜に見定めぬ人々こそ愚かなれ。」と暫く部屋にありけるが、「いかに大夫・侍従が嘆かんずらん。この者どもは影身に添ふてありきしに、今宵しもいづくへか行きぬらん。」と口々に言ひければ、胸うち騒ぎ走り出で、「さていかに。」と問ひければ、「いや花みつ殿を何者やらん、ただ今ここにて刺し殺しぬるを、別当の御坊へ御死骸をとり給ひし。」と申しければ、あまり不思議さに行き見れば、一間所にて別当の膝に載せ、「さても十歳の春の頃より、岡部殿に請ひ受け十六の今に至るまで、三日とも里に置かずして、愛ほしみ奉りしも、母御前のなき人なれば、法師になしてこの寺を譲り、亡き跡をも弔れんと思ひしに、いかなる人の仕業とて、この花みつを殺しけるぞや。老い衰へたる我を残し先立ち給ふ。恨めしや。」と声も惜しまず泣き給ふ。

 月みつ殿も死したるおに(兄)に取りつきて、「いかに花みつ殿、我を一人留め置き、何となれとていづくへか、行かせ給ふぞや。今日遅れ初め、またいつの世にかは会ふべき。」と悶へ焦がれ給へば、大夫も侍従もあきれ果て、とかくの事も言はずして、御死骸の側に寄り、嘆くより他の事ぞなき。

(注)浮雲のかかるべし=月の光を妨げるように妨害するもの。月みつを殺そうとする

    者の比喩か。

   無常の道=死出の道。

   大夫・・・=打合せでは侍従が抱き止めて大夫が刺すことになっていたはずで、

    侍従が逡巡していたから、大夫が先に走り出したのか。両者を書くのに大夫が

    先になっているので、大夫の方が年長か。

   肘の懸り=肘の関節。