religionsloveの日記

室町物語です。

あしびき㉓ーリリジョンズラブ2ー

巻四 第四章

 少将の君がこの房で覚然に薫陶を受けていた時は、禅師の君と呼ばれていた。冠者たちにとっては覚然同様に主君なのである。冠者たちは来鑒の前では承知しましたと言って出てきたが、永承房に帰ると、「禅師殿といえば、我々には代々続く主君筋の方である。この方がいない間は乱暴者で下卑た来鑒や青女房の命令にも従ってきたが、こうして本来の主君がお戻りになった上はたとえ我らが殺されることになろうとも、事の次第を禅師の君にお知らせしないでいられようか。みすみす目の前で主君を討たれることなどあってはなるまい。」と考え、禅師のところへ行き、「これこれというとんでもない企てがございます。得業御房も全くご存じないことでございましょう。この上は夜陰に乗じてとくとくお逃げください。後は我らがどうとでも。」と告げた。

 侍従はこれを聞いて、「山の上では我らはひたすら修学に励むもので、腰刀を提げて武を誇る者ではなかったが、奈良法師が襲ってくると見聞きして、背中を見せて逃げ去ったとあれば、これほど山門の名を傷つけることはあるまい。もし逃げて命があったとしても、そんな卑怯な命には何の価値もないことよ。御忠告はありがたいが、私共のことは放っておいてくだされ。小法師たちに応戦させて、もしやという時には、私が自ら一撃くらわしてやりましょうぞ。」と言い放った。

 山から連れ立ってきた法師・童には「ひたしかりの積刀法師」「後ろ見せずの旄陳法師」「法定なしの武王丸」「かへり宣旨の金剛丸」以下、剛勇のものが五六人いた。これらを近く召し寄せて、「まことであろうか、命知らずの馬鹿者が、今宵ここに攻め入るとの夢のような知らせがあった。おのれらも心していよ。」と言うと、面々も、「興あることではござらんか。愉快なことになりそうだ。」と言って、兜の緒を締め、太刀長刀を身にまとい、今や今やと待ち構えた。

 留守居の冠者たちも、実は屈強の強者であったが、この様子を見て、「ああ、山の公達は、実に皆勇猛であることよ。」と感じ入り、上座が塵一つつけず秘蔵していた鎧二領、弓・胡簶(やなぐい)などを取り出して、「我らも最後までお供いたしましょう。敵がたとえ討ち入っても、すぐには切り合わず、まずは我らが弓の威力をご覧あれ。」と声高らかに言った。

 侍従も武具を身にまとう。籠手脛当てを隙間なく着て、太刀を脇に挟んで、皆の前に立ち、「日頃は隠していた、鋼の強さを見せるのは、今この時ぞ。」と言って、手ぐすね引いてゆっくり歩きまわる。その威容・振る舞いは、あの樊噲の武勇、張良の智略に比べても劣ることなく、頼もしげに見えたのであった。

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参照 芦引絵


 

(注)樊噲・張良=漢の高祖の功臣。