religionsloveの日記

室町物語です。

あしびき㉕ーリリジョンズラブ2ー

巻五 第一章

 かくて夜が明けると、奈良中が大騒ぎになった。「来鑒が山法師に討たれたらしい。」となると奈良の大衆も黙ってはいないだろう。一斉蜂起となれば大事、侍従ももう一段覚悟を決めねばと思っていたが、覚然上座の召使の冠者たちが、迅速に得業たちの滞在先に行って、事の次第を知らせると、得業もまた急いで人を遣わし、侍従たちを保護したので何事もなく済んだのであった。

 得業は、ずっと行方の分からなかった禅師が帰ってきたうれしさばかりでなく、侍従が戦で全く手傷を負わないでこの上ない武勲を立てたことにも深く感じ入っていた。「それにしても合戦のきっかけは何だったのか。」と尋ねると、上座の召人が来鑒との問答をつぶさに語り、すべてが妻の方のたくらみだという事が露見した。

 得業は激怒して、今後そのようなことがないように、すぐにでもあらん限りの罰を与えようとも思ったが、そうはいっても込み入った事情もあるかもしれないと、妻の方の家事を取り仕切っている尾張という女を呼び出して、「きっと詳しい事情を知っているだろう。ありのままにもうせ。」と言うと、不愉快そうに薄ら笑いを浮かべて、「伺ったような事実は全くございません。」と白々しく言うので、「しらを切るというのなら、中間法師を呼び寄せて、手足を縛りあげ、つさにかけて、問い詰めようか。」と威嚇すると、おびえわなないて、若君の髪を切った企てから、来鑒と共謀して夜討ちにしようとしたことまで、余すことなく白状した。

 「かくなる上は、妻のお方を大垣の刑に処して、簀巻きにして水に放り込め。」と命令したが、侍従があわれに思ってあれこれとりなして制止したので、得業は、「侍従殿のとりなしとあれば斟酌しないわけにもいかないであろう。それに強引に処刑したら、かえって処刑した方に悪いうわさが経ってしまうかもしれない。」と考え、「それならばせめてもの情け、人知れずこっそりと追い出してやろう。」と、一人娘の養女、後見の尾張を伴わせて追放した。

 ところが妻の方は、悄然とするでも計らいに感謝するでもなく、「誰かの讒言を真に受けて、無実の罪で長年連れ添った私を追い出そうとするその薄情さ、悔しくて悔しくてなりません。」と顔色一つ変えず言い立てて出ていくので、房中の上下諸人は言うに及ばず、聞き及んだ道俗男女は、門前に人だかりして見物していたが、皆々指を鳴らして、憎み謗らないものはいなかった。

 

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参照 芦引絵


 

(注)つさにかけて=不明。拷問の一種か。

   大垣の刑=大垣を引き回して行う公開処刑

   指を鳴らす=原文「爪弾き」。いわゆる指パッチンだが、相手を非難・軽蔑する

    ときのしぐさ。